英仏独、三か国首脳は、7月23日、サウジの石油施設攻撃について共同声明を発出し「イランに責任があるのは明白だ」と非難するとともに、核合意についてイランに全面履行を求めると同時に、現在の規定より長期にわたる核開発制限の枠組みや、ミサイル開発計画を含む地域の安全保障に関し、新たな合意に向け交渉を始めるべきであると述べた。
これは、英仏独のイランに対する姿勢の明白な変化である。これまで英仏独は、トランプ政権がイラン核合意から離脱した後も、核合意の維持のため努力してきた。3か国の外相は 1月31日付けの共同声明で、核合意を維持すべく、イランとの円滑な金融取引のために「貿易取引支援機関(INSTEX:Instrument for Supporting Tarde Exchanges)を設立したと発表した。INSTEXの設立により、イランとの取引でユーロ建て決済が可能となる。当面はイランでの需要が大きい医薬品や医療機器、農産品、食品などの取引を支援するとされた。
しかし、イラン政府は、一歩前進だが期待を下回るとして、石油取引の早期再開ができないことに不満をあらわにした。 その上、米国政府が INSTEX に不快感を示し、INSTEX のイラン側機関を制裁の対象とすることを示唆した。
当初、イランは、核合意で核開発の規制を受け入れる代わりに米欧からの制裁解除でイラン原油の輸出が可能となり、イラン経済を再活性化することを期待した。それが、米国の「イラン核合意」からの離脱で米国の制裁が復活し、欧州の企業は米国の報復を恐れてイラン原油の輸入を躊躇した。イランから見れば、欧州は核合意を遵守すると言っても、イランにとっては、核合意を遵守する経済的なメリットが無くなり、不満を募らせていた。
イランのザリフ外相が 7月1日、イランの低濃縮ウランの貯蔵量が核合意の上限300キロを超えたと述べ、イランが7月7日以降、核合意に反してウラン濃縮度を高めると警告したのは、欧州の政策に対する不満の表明であり、欧州を牽制する動きと考えられた。
そこに来て、英仏独による7月23日の共同声明である。核開発自体の制約に加えて、ミサイル開発の規制、イランのヒズボラ、シリアなどへの支援による地域での勢力拡大にストップをかけようとするもので、これはトランプ大統領がかねてより要求してきたことである。 そもそも、2015年の核合意の交渉を始めるにあたって、欧米諸国はミサイル開発の規制、イランの地域での行動規制も交渉の対象とすることを考えていたが、そうすると交渉が難航し、妥結の目途が立て難かったので、取りあえずの最優先事項であるイランの核開発能力の制限にしぼって交渉することとした経緯がある。2015年の核合意にイランのミサイル規制、イランの地域での行動規制が含まれなかったのは、イランの核開発能力を規制し、イランの核兵器取得を防ぐことを最優先させるという現実的考慮の結果だったのである。トランプは、2015年の核合意には欠陥があると言っているが、それが現実的考慮の結果であったことは理解していないか、理解しようとしていない。
英独仏は過去の経緯から、2015年の核合意の対象が限定的であることを十分理解しているはずなのに、今回交渉の範囲を広げることを主張したのはなぜか、その理由が分からない。
イランは核合意の再交渉に全く否定的ではないが、交渉の対象を広げることには合意しないだろう。それにイランは交渉の前提として、制裁の解除を主張している。米国が制裁の解除に同意しないことは明らかで、今回欧州が米国に同調したことで、交渉が始まる見通しは立たない。
今まで何とか核合意の存続に努めてきた欧州が態度を変えたことで、現行の核合意の存続は困難になったと言わざるを得ない。イランの核開発の規制の枠が外れることとなり、イランの核開発は核合意成立以前の極めて不安定な状態に戻る恐れがある。それはイスラエルの危機感を高め、場合によってはサウジの核開発を触発する恐れがある。中東情勢の不安定化が高まるのは必至である。
今回の動きの発端は、サウジの石油施設攻撃である。未だイランによる攻撃であったとの決定的証拠は出ていないが、イランの革命防衛隊による攻撃であったとの見方がほぼ定着している。イランによる攻撃であったとしたら、イランはそれに対する反応の強さを読み違えていたと言える。
これからもイランに対する締め付けが強まり、特に頼りにしていた欧州が態度を変えたことで、イランはまた何らかの反撃を試みることは十分考えられる。その際どの程度の反撃なのかは重要である。欧米が一線を越えたと判断するような反撃をすれば、イランをめぐり軍事衝突が起こる危険が高まる。
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