名門校、未来への学び

2020年4月11日

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鈴木隆祐 (すずき・りゅうすけ)

ジャーナリスト

1966年長野県生まれ。法政大学文学部在学中より出版社で雑誌編集を始め、その後フリーに。著書に『名門高校人脈』(光文社新書)、『名門高校 青春グルメ』(辰巳出版)ほか。

 日本を代表する名門高校はイノベーションの最高のサンプルだ。伝統をバネにして絶えず再生を繰り返している。1世紀にも及ぶ蓄積された教えと学びのスキル、課外活動から生ずるエンパワーメント、校外にも構築される文化資本、なにより輩出する人材の豊富さ…。本物の名門はステータスに奢らず、それらすべてを肥やしに邁進を続ける。

 学校とは単に生徒の学力を担保する場ではない。どうして名門と称される学校は逸材を輩出し続けるのか? 『Wedge』本誌3月号の連載「名門校、未来への学び」において、渋谷教育学園渋谷高校の現在の姿に密着し、その魅力・実力を立体的に伝えた。ここでは登場校のOB・OGに登場願い、当時の思い出や今に繋がるエッセンスを語ってもらおう。

 Yohji Yamamotoと合作した服がパリコレクションで発表され世界各国で発売されるなど、現在注目のアーティスト・内田すずめさん。中学受験で渋谷教育学園渋谷中学高校に入学した。今をときめく進学校、「渋渋」のまだ4期生だった。

内田すずめさん

 部活は文芸部所属。活動のクライマックスは文化祭で披露する同人誌作成で、皆が思い思いの作品を持ち寄った。

 「コピーを取って束ねて、ホッチキスで綴じただけの作品集。来場者にお持ち帰り頂けるよう、それなりの部数作っていました」 

 そこへ、取材で同席した高際伊都子副校長が今の代の冊子を持ってくる。タイトルは『かがり火』。内田さんは途端に相好を崩し、恩師に抱きつかんばかりだ。

 「わーっ、ちゃんと製本までしてる。表紙もカラーだ。すごい進化した」

 そして、パラパラ冊子をめくりだす。副校長は「中味はあまり変わらないでしょ。みんな書きたいことを書いてる」。私も横から覗き込む。この時期の“創作”は確かに似たり寄ったりかもしれない。みんな手探りで自分を探している。

 「文化祭や体育祭では、テーマとそれぞれの役割はもちろん、他クラスとのタイムテーブルの調整まで全て生徒で相談して決めます。何をいつまでにどのように達成するか黒板に書き出して。まさに(校訓の)『自調自考』です。先生たちはトラブルが起これば飛んで来てくださいますが、基本的に見守りスタンスですね。

渋谷教育学園渋谷中学・高等学校

 他にも年1回の合唱コンクールなどイベントが多いですが、私の学年はみんな一生懸命でしたよ。勉強もイベントもやり切るぞ!というムードを生徒同士がつくっていく。放課後は毎日練習していましたね。円陣で合唱をして、どこを改善できるか全員でアドバイスし合います。そうすると、一人では気づけなかったことに気づけるから、昨日はできなかった歌い方ができるようになるんですよね。

 正直、私はあまり学校に重きを置くタイプではありませんでした。そんな私でさえも、渋渋の友達に再会すると楽しくて。そんな関係をつくることができたのは、生徒同士に話し合いをさせる校風のおかげかもしれません。

 思えば、行事も勉強も大盛りの中高時代でしたね。私は筑波大に合格しましたが、進学予備校には通っていません。学校の授業だけでセンター試験は突破できました」

 絵は小学生子供の頃から描いていたが、美術の道に進みたいと思ったのは中3の時。美大進学を相談すると、母親は「それなら渋渋やめちゃいなさい!」と猛反対したという。それを2年かけて説得し、美術予備校にやっと通えるようになり、内田さんはさらに絵に熱中。

 ところが毎週、講評の度に吐きそうになった。他人の絵と自分の絵を単純比較されるのは、それだけしんどいことなのだ。当時は「絵を否定されると自分を否定された気」になっていたそうだ。

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