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2020年4月24日

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馬場未織 (ばば・みおり)

二拠点居住ライター

日本女子大学大学院修了後、建築設計事務所勤務を経て建築ライターに。2007年から平日は東京、週末は千葉県南房総市の里山の二地域で居住する。田舎暮らしなどをテーマに執筆活動を展開。南房総の里山と都市に暮らす人をつなぐNPO法人南房総リパブリックの理事長も務める。著書に『週末は田舎暮らし ~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』(ダイヤモンド社)、『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』(共著・学芸出版社)など。

 収束まで年単位の時間を要するのではないかと言われる新型コロナウイルスの感染拡大。ひとときかぎりの努力では済まされないことが見えてきた今、二拠点生活というライフスタイルに新たな課題が突きつけられている。

(takasuu / gettyimages)

 感染拡大の深刻さが今ほどではなかった頃は、「これまで地方の過疎化は問題視されるばかりだったのに、人口密度が低いことが安心感につながる時代が来るなんてね」と、地方に暮らすメリットをしみじみと感じ入り、二拠点生活者もその恩恵を被ることのできる一員かのように感じていた。

 ところが、事態は変化する。実家への帰省を含めた「コロナ疎開」の自粛が強く促され、都市から地方への流れを阻止することで感染拡大を防ぐという常識が共有された。都市と地方を行き来する二拠点生活者は、長引くであろうこの状況に対してどう行動するべきか悩むことになる。

 今回は、今まさに筆者が体験していることを2つほど挙げたい。二拠点生活者である筆者の現在の暮らしとそれに至るまでの逡巡とwithコロナの状況でも地方と関わっていく動きについてである。

二拠点生活は「Stay Home」と言えるのか

 2つの家を行き来することは、「外出」なのか、「Stay Home」なのか。二拠点生活者は「他地域への移動」について真正面から考える必然が生じてくる。公式の定義がないからだ。

 緊急事態宣言がいよいよ出されそうだ、と言われ始めた4月に入ってすぐの頃。筆者は週末の南房総暮らしを続けていいものかと悩んでいた。「都市部から地方にコロナを持ち込まれる」という問題が日本で浮上するより前から、二拠点生活の仲間うちでは「リスクの高い場所に住む自分たちは、自分が感染者だと考えて店に入らない方がいいし、人と会わない方がいいよね」という話をしていた。

 妙なもので、この話では2つの立場での当事者意識が立ち上がる。ひとつはもちろん、自分がリスクそのものだという自覚であり、もうひとつは「大事にしている地域にダメージがあったら困る」という地方側の感覚である。どちらにせよ、命のルールを守ることを自らに強く課す方向に働いていく。

 ただ、ここで処理しきれないのが「他県ナンバーの車を見ると怖い」という地元感情だ。移動をする時は、どうしても公道を自家用車で走る。ナンバーに恐怖感を持たれてしまうことだけは防ぎようがない。『二拠点生活者です。家の外には出ません』というステッカーでも貼らない限り、無頓着で自分勝手な都市生活者がやってきたと思われることも大いにあるだろう。

 こうした感情への配慮は、どこまでするべきなのだろうか。すべてに配慮し、立ち位置をどんどん引いていけば「もう南房総には行かない」という結論に達する。果たしてそれが正しいのか。

 悶々と考えながら、さしずめ今週末はどうしようかと悩んでいるさなかに、南房総の自宅のご近所さんから「未織さんの場合は南房総も自宅、ということですよ。こちらに居てもおかしくはないでしょう」というメッセージをもらった。

 悩んでいることを見透かしてか、先回っての声掛けをしてくれたのだ。なんとも嬉しい言葉だった。地域に出向く立場の自分からは言いにくいことを、受け入れる地域の側から発してくれたのだから。

 彼は続けた。「もし自分が感染者だったら、と考えて感染させない努力をしている人が、感染させたりする危険が全くないような自宅に戻ることすらダメなんだって、多くの皆さんが思わされてしまうとしたら、そういう状況こそ、実は怖いのではないかと私は思っています。異常時にはいわゆる「異端」を排除する風潮が一気に高まることは歴史の教訓ですから、このことも今、思い起こしておくべきなのだろうと思います」

 たまたまこんな考え方のできる隣人がいることに感謝の念が湧き上がってくると同時に、これを読んで2つのことに気が付いた。

 ひとつは、二拠点生活者という「異端」は、誰もが追いつめられるような異常時には地域の人間関係によっては排除される存在になりうるということ。もうひとつは、異常時にも地域に受け入れられるためには、「きっとこの人は地域を裏切らない」と思われる信頼関係が日頃より構築されている必要があるということだ。

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