1月25日に指導部が設置した新型コロナ対策チームには、社会安定問題を担当する公安部も参加している。指導部にとって、感染症の蔓延は、国民の衛生と健康問題であると同時に、社会安定にかかわる問題なのである。
加えて指導部は、比較的早い段階から、新型コロナの感染拡大によって傷ついた経済への対処の必要性に言及している。人々の豊かな生活を享受したいという欲求を満たすこと。これが共産党による統治の正統性(支配の支持)を社会から獲得するための「実績」となるからだ。
2月11日に開催された国務院常務会議(日本の閣議に相当)では、感染症対策と同時に、停止していた企業の業務や工場の生産再開と、就業(失業)問題への対処の必要性を確認した。その翌日に開催された中央政治局常務委員会でも感染拡大への対処策とともに経済の回復策が議論された。2月26日には、中央政治局常務委員会の構成員が全員出席して「感染拡大への対処と経済社会発展を統一的に進めるための会議」を開催した。
操業停止となった工場に勤めていた出稼ぎ労働者や、外出制限によって顧客を失ったサービス業に従事していた人々は失業した。彼らの就業機会をいかにして保障するのかは、「実績」回復のための緊急の課題である。この夏に約870万人の学生が大学を卒業する。その雇用確保も頭の痛い問題である。
指導部は新型コロナ問題において、経済面以外の「実績」も積み重ねようとしている。それは、政策の誤りを的確にただす能力(アカウンタビリティー)を示すことだ。
習指導部は、その発足後から党や政府幹部への問責や幹部任用選抜にかかわる党内法規の制定、修正に取り組んできた。もちろんそれは、腐敗や汚職を理由にして幹部を処分することによって、習が人事権を掌握し、自身と指導部の権力基盤を強化するためであったが、同時に社会に対して指導部のアカウンタビリティー能力の高さを示す試みでもあった。
新型コロナの感染拡大への対処を通じても、同様の姿勢を目にすることができる。2019年12月末の時点で、すでに武漢市内で発生していた原因不明の肺炎に関する情報をネットに公開した李文亮氏の扱いの変化からもそれが見て取れる。彼は「ネットにデマを流して社会秩序を大きく混乱させた」として武漢市の公安当局に訓戒処分にされた。
その李氏が、処分後に新型コロナに感染して死去したこともあり、中国社会は感染症の危険性について警鐘を鳴らした医師を処分したことについて、指導部を厳しく批判した。こうした声に指導部は丁寧に応じた。国家衛生健康委員会は3月5日、李氏のほか505人の医療従事者を表彰。加えて、国家監察委員会は3月19日、李氏の処分の撤回を指示し、その翌日には「人民日報」等の機関紙が、紙面の大部分を費やして処分撤回の妥当性を報じた。そこには地方の誤った判断を糾(ただ)す中央の姿が示されていた。