世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年7月7日

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 イラクでは、反政府デモ隊の圧力を受けてマハディ前首相が辞任を表明してから半年もの間、政治的空白期間が続いたが、5月7日、情報機関のトップだったカディミが漸く新首相に就任した。原油価格の低迷など課題は山積しており、新型コロナの感染も拡大しているようだ。しかし、今のところ、カディミは基本的には手堅く船出しているように見える。

NatanaelGinting/iStock / Getty Images Plus

 カディミは首相就任早々、アブドル・ワハビ・アルサーディをテロ対策司令官に復帰させた。アルサーディは前首相が2019年に罷免したが、その罷免は10月の抗議運動の発端にもなった。更に過去数か月の間に治安部隊の職権乱用により拘束されていた者を釈放した。これは、分断の修復に真剣に取り組むという強いシグナルになる。

 Jerus alem Post 紙 エディターで中東問題専門家のSeth J. Frantzmanは、Foreign Policy(電子版)に6月16日付けで掲載された論説において、上記の2つの措置を評価するとともに、人民動員隊(PMU)など様々な武装組織に対する中央の統制を強めることがイラクの安定のための必要条件であると指摘している。フランツマンの指摘は、まさにその通りであろう。

 PMUは2019年に国軍の一部となったものの、多くの下部組織を抱え、それぞれが様々な政治勢力、宗教、部族と関係を持っており、国との関係は複雑である。クルドはペシュメルガと呼ばれる独自の治安部隊を持っており、組織上は地方政府の傘下にあるが、10を超える部隊が主要政党KDP、PUKとリンクしている。内務省傘下には「連邦警察」と呼ばれる武装警察がある他、緊急対応部隊もある。これらに加えて、幾つかの部族組織や民兵組織がある。こうした組織は、中枢の統治機能を持たず、目的も様々である。フランツマンによれば、そのことが次の2つの問題を提起する。第1に、これらの一部部隊がデモ隊や米軍に対する攻撃など多くの事件に関与している。第2に、ほとんどの部隊組織が特定の宗派、部族、政治に忠誠を誓っており、中央政府にとって問題となる。

 フランツマンは、「カディミは地域の民兵組織の力を縮小させる必要がある。多層な指導体制を中央政府の権威が届くようにもっと正式な体制に変えることにより、PMUへの統制を高める必要がある」「中央政府は、宗派グループなどではなく、地方政府に依存するようにすべきである。地方政府についてもPMUなどではなく警察や国軍への依存を強めるよう仕向ける必要がある」と指摘する。そうなることが望ましい。様々な武装組織の乱立は、イラク社会に長年根差してきたものなので、すぐに解消されることはないだろうが、イラクの安定のために中央の統制強化は不可欠である。イラクは資源豊富な国であり、今必要とされていることは国の安定化である。多くの武装組織が割拠する今のイラクの統治は不可能に近い。

 イラクの安全と安定にとって最大の課題の1つはISである。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大の間隙を縫って、ISが活動を強めているという。要警戒である。ISの再台頭を許さないためにも、治安部隊を中央が掌握する必要がある。情報機関のトップを務めていたというバックグラウンドもあるので、カディミには、この仕事には適任のように思われる。イラクが安定するか否かは、ISの動向、イランのイラク、ひいては中東全体への影響力も左右することであり、目が離せない。

  
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