レバノンの首都ベイルートで8月4日起きた大爆発で国際的な支援が急がれているが、各国が援助拡大にレバノンの政治改革の断行を要求、最大のターゲットにされたシーア派武装組織ヒズボラが窮地に追い詰められている。シーア派内部でも支持者離れが起きている上、後ろ盾のイランの力が米制裁で弱体化している事情も背景にある。
設立以来最大の危機に
爆発はベイルート港の倉庫に保管されていた硝酸アンモニウム2750トンに引火して引き起こされたのが原因だが、単純な事故として片づけられるかは不明だ。死者177人、負傷者6000人に加え、30万人が家を失った。レバノン政府の要請を受けた米連邦捜査局(FBI)の調査団が現地入りし、捜査を開始しつつある。
爆発直後から市民のたまりにたまっていた支配層に対する不満が爆発。政府内にはびこる腐敗や汚職によって危険な爆発物資がずさんに保管され、惨事を引き起こしたという怒りが充満した。レバノンは18もの宗派が混在するモザイク国家であることから、権力の共有が慣例として続いてきた。それはそのまま、利権の分割につながり、腐敗は上から下まで深く広がっている。
例えば、大統領がキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、国会議長はイスラム教シーア派、副議長はギリシャ正教徒から選出されることなどが決まっている。中でも、人口比が最大のシーア派のヒズボラはイランの支援による圧倒的な軍事力を背景に、事実上レバノンの“影の支配者”として同国を牛耳ってきた。「利権集団の1つであることは国民の誰もが認めている」(ベイルート筋)。
爆発現場のベイルート港は各派が密貿易に使う大きな利権の1つだ。筆者がベイルートに居住していた頃も、密輸されたロイヤルサリュートなどの高級酒が正規価格の3分の1程度で堂々と売られていた。無論、味に一切変わりはない。それはともかく、同港の利権の最大の所有者はヒズボラであり、イランからの武器密輸に利用しているとされる。
だが、ヒズボラの指導者ハッサン・ナスララ師は爆発後の演説で、「われわれは港になんのプレゼンスもない」などと関与を否定、市民の失笑と怒りを買った。爆発後、市中心部の殉教者広場で繰り広げられた反政府デモには、絞首刑の縄が首に掛けられたナスララ師の等身大の作り物も登場、ヒズボラへのかつてない憎悪が渦巻いていることが浮き彫りになった。地元メディアによると、ヒズボラの支持者の一部も同組織には愛想をつかし始めているという。
レバノンには国連を中心に500億円規模の援助が始まったが、復興には1兆5000億円以上が必要とされ、この程度では焼け石に水の状態。しかし、爆発現場入りしたマクロン仏大統領やヘイル米国務次官らは「政治改革がなければ、追加援助はない」との条件を突き付け、レバノン政府に利権の配分や汚職の停止、国家としての「統制の回復」を要求した。
米仏の狙いはヒズボラの政治への影響力軽減であり、これを援助の事実上の交換条件にした格好。しかし、ヒズボラは今や単なる武装組織ではない。2人の閣僚や国会に12人の議員を送り込む政治組織であり、米仏の要求は到底呑めるものではないだろう。だが、拒否すれば、国際的な援助を受けられず、市民の自分たちへの非難がさらに激化してしまう。大きなジレンマであり、「設立以来最大の危機」(同)に直面していると言っていい。