2024年4月24日(水)

WEDGE REPORT

2020年10月6日

 だが、残念なことに今回の実験結果を「飛沫が最も多く測定されたのはトランペットで、演奏者の前方に集中していた」ことのみを切り取って伝えた報道もあった。実験に関わった関係者は「一番伝えてほしいことを伝えてくれない」と悲しい思いを語った。

 行政が、感染症の科学的根拠に基づき、事業者の営業再開を独自に促す動きも出てきた。港区は、東京23区で初めて感染症アドバイザーを設置し、その助言に基づき、同区の飲食店や公共施設の事業再開の後押しをする。管轄エリアには六本木、新橋、赤坂といった繁華街があり、この半年間で、1100件ものコロナに関する問い合わせが寄せられた。4月~5月には「緊急事態宣言が出ているのに営業しているお店があるが、指導しないのか」といった苦情も多かったという。

 「4月の時点では区民も事業者もコロナへの恐怖が先行していたが、時間がたつにつれ、事業者からの悲鳴が大きくなった。港区は50を超える商店街を持つが『営業開始しても街に人が戻らない』との声が多かった。多くの区民が安心して日常生活を過ごせるような環境づくりが必要だと感じた」と、港区企画経営部の白石直也新型コロナウイルス感染症対策担当課長は語った。

〝夜の街〟を
スケープゴートにするな

 取り組みの一つである、接待を伴う飲食業事業者向けの感染対策動画配信では、感染症アドバイザーが実際に六本木のクラブを訪れ、ホステスに対して感染症対策をレクチャーする様子が映されている。

 動画撮影に協力したのは今年創業23年を迎える老舗店・クラブ「ミトス」だ。6月に営業を再開してから、接客時には席間を離し、おしぼりやマドラーを使い捨てに替えるなど、さまざまな感染症対策を実施してきたが、現在も客足は昨年の3分の1程度、売り上げも半分以下に落ち込んでいる。

クラブ「ミトス」の店内。マドラー等は一切使い回しができない (WEDGE)

 ミトスグループの藤井満喜副社長は「六本木の街全体が良くならないと不安なお客様は戻らない。今回の動画配信で、飲食店同士での対策共有につながれば」と述べる。

 一方、社会全体の風向きはなかなか変わらないようだ。「大手企業の会食自粛要請が強く、すでに『来年9月まで接待交際費を出さない』と決めた企業もある。飲食店に飲みに行くこと自体が悪いという風潮がいまだ根強いが、そういった日常を大切にしている方も大勢いることを理解してほしい」(藤井副社長)

 あくまでも感染症対策は病気としての感染リスクを減らすことしかできない。前出の林医師は「公衆衛生当局の要請に従うのは重要だが、社会活動の再開には価値観の尊重も求められる。今後しばらく、決してリスクは無くならないので、リスクを効果的に低減させながら活動再開を目指すのが現実的である。感染管理などの科学はそのために利用する道具だ」と述べる。

 文化、芸術、娯楽は日々の生活に彩りを与えてくれるものだ。社会の中で誰かと感動を分かち合い、共感し合う場があるからこそ、人生は豊かになる。人々の日常を取り戻すため、コロナ禍の中で、活動再開に向け踏み出した事業者たち。彼らの歩みを止めてはならない。

Wedge10月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンなどでお買い求めいただけます。
新型コロナ  こうすれば共存できる
Part 1  ・新型コロナは〝ただの風邪〟ではない でも、恐れすぎる必要もない
           ・正しく学んで正しく恐れよう! 新型コロナ情報を読むレッスン
           ・医療現場のコロナ対応は改善傾向 それでも残る多くの〝負担〟
Part 2  ・「してはいけない」はもうやめよう 今こそ連帯促す発信を
           ・コロナショック克服へ 経済活動再開に向けた3つのステップとは
           ・なぜ食い違う? 政府と首長の主張
           ・動き始めた事業者たち 社会に「価値」をもたらす科学の使い方   
Part 3    煽る報道、翻弄される国民 科学報道先進国・英国に学べ  
Part 4    タガが外れた10万円給付 財政依存から脱却し、試行錯誤を許容する社会へ    
Part 5    国内の「分断」を防ぎ日本は進化のための〝脱皮〟を

  
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◆Wedge2020年10月号より

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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