土産物からビール好きへの逸品へ
クラフトビールという言葉が、日本で広く知られていくのは2015年あたりから。それでも、あるべき姿を模索し続け、世界市場の動向も注視していた朝霧は、クラフトビールというコンセプトに活路を託す。
川越を訪れる観光客の”土産物”としての地ビールから、ビール好きを対象にする「職人が丁寧につくり上げたクラフトビール」へ。
小規模生産ができるから、結果として多品種はやりやすい。
ビール大手でも少量生産は、やればできる。しかし、工場が大きいだけに稼働率を上げようとすると、どうしても万人受けする単品を大量に作らざるを得ない。
「会社帰りに居酒屋に寄り、”とりあえずビール”とばかりに大手4社の生中(中ジョッキの生ビール)をゴクゴク飲む、というだけではなく、ビールにはいろいろな種類がある。この二面性を多くの人に知ってもらう必要がありました。そのためには、ビールの職人道を知ってもらう。クラフトマンシップに支えられたクラフトビールは、僕らが伝えたかったことと重なったのです」
朝霧が主導して一大転換を図ったが、ある商品を巡り社内には軋轢も生じる。
「芋ビールと呼ばれて、僕らは地元でバカにされてきました。なのに、どうして芋ビールを残すのですか」
「変えなければならないものと、決して変えてはいけないものが世の中にはある。そこを間違えてはいけない」
「変えてはいけないものとは、何ですか」
「事業のコア、すなわち原点に関わるものだよ」
「…」
「サツマイモを原料とする良さを、お客様に対し丁寧に説明していこう。ただし、サツマイモラガーといったベタな呼び方はやめる。私たちは川越とともにある」
そもそも、米国で急成長を果たしたクラフトビールのキーワードは、「小規模」や「多品種」、「クラフトマンシップ」に加え、「地域」も入る。
一時的に「地ビール」のイメージを払拭しても、地域である川越、そして川越特産であるサツマイモを捨てるわけにはいかない。ワインと同じテロワールの概念が、根底にあるためだ。
目先の販売増を目論むのではなく、持続可能な成長を選択するとすれば、サツマイモは残さなければならなかった。
前編でも触れたが、「COEDO」ブランドを創出し、それまでパッケージにあった「小江戸」という漢字のロゴをやめる。
定番商品は5種類(現在は6種類)に絞り込む。商品名には”色”の名前を使用する。例えば、サツマイモを原料としたものは「COEDO紅赤」、無ろ過の小麦ビールは「COEDO白」といった形に。ラベルデザインも、シンプルなものに刷新する。
「IPA、ヴァイツェン、ピルスナーなどと、タイプについては表示しなかった。プレミアムクラフトビアーと表示しただけでした。なぜなら例えばIPAを欲しいというお客様は当時はいなかったから。ワインで考えたときに、例えば『これはシャルドネです』などといきなり品種から切り出したなら、(06年当時なら)引いてしまう人は多かったはず。
ビールには多くの種類が本当はあり、香りも味わいも様々ですよ、気楽に感じてください、といった定性的な説明に敢えてとどめた。エール(上面発酵)かラガー(下面発酵)かさえ表さず、難解にはしなかった」
ちなみに、現在はIPAをはじめそれぞれをきちんと表記している。消費者のクラフトビールへの学習は進み、認知は深まっているためだ。
改革の一環として、06年秋にコエドビールを国際的に権威のある酒類・食品のコンテスト「第46回モンドセレクション」(本部はブリュッセル)に出品する。待つこと半年、07年に結果が出る。
ビール部門で「COEDO紅赤」とピルスナータイプの「COEDO瑠璃(るり)」が最高金賞を、インディアンペールラガーの「COEDO伽羅(きゃら)」が金賞、長期熟成の「COEDO漆黒」と「COEDO白」が銀賞と、出品した5商品のすべてが受賞したのだ。
ちょうど04年から06年まで、サントリーの高級ビール「ザ・プレミアム・モルツ(プレモル)」が3年連続して最高金賞を受賞していた。サントリーはテレビCMで受賞を大々的に伝え、プレモルは売り上げを伸ばす。同時に高品位で高価格な高級ビールというジャンルを創出していった。
プレモルのお陰で、国内でのモンドセレクションの知名度は大きくなっていてコエドビールの認知度は高まる。さらに、高級ビール市場ができたことで、プレモルやサッポロのヱビスよりもさらに高価なクラフトビールへの橋頭堡(きょうとうほ)が築かれていく。
「賞は初めから狙っていました。クリスチャン・ミッターバウアーに指導されたのだから、品質にも商品には自信を持っていました」。第三者からお墨付きをもらい、コエドビールのブランド力は上がる。埼玉西部でしか知られていなかったクラフトビールが、全国で、さらに世界で、知る人ぞ知る存在になっていった。