2022年12月4日(日)

From NY

2020年12月27日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『挑戦者たち-男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で2018年ミズノスポーツライター賞受賞。

白人の教会

 週に3回通わされていた教会では、集まってくる信者の99パーセントは白人だった。当時の筆者は知らなかったが、黒人たちの大多数は、黒人専用の教会に通っていた。

 ごくたまに白人の教会にも恐る恐る、といった様子でやってくる黒人の家族がいた。すると教会のボランティアたちが、大仰に「Welcome!(ようこそ!)」と大声で言って、彼らに握手を求めに行く。その姿はどこかわざとらしく見え、こう言っては申し訳ないが「私は人種差別しませんから」と誇示するためにやっているように見えた。子供心に、なぜもう少し自然に溶け合えないものなのだろうか、とモヤモヤした。

 サザンバプティストの教会の牧師たちは、なぜか不思議とみんな同じような目をしていた。

 歯磨き粉のコマーシャルに出てくるような笑顔をこちらに向けても、彼らの目は私の目ではなく、私と彼らの間にある空間のどこかを見ているのである。

 ある日曜日の朝、いつものようにぼんやりと牧師の説教を聞いていた。

 「黒人もアジア人も、私たちの兄弟です。私たちは、彼らを愛する努力をしなくてはいけません」

 はっとして、半分寝ていた頭に警報が鳴った。

 「でも区別と差別は、別なものです。私たちは、そのことを混乱してはいけないのです」

 祭壇から離れた後方のベンチに座っていた筆者には、前から並んで座っている大勢の信者たちの頭が同意するように、揃ってうんうんと頷くのが見えた。

 ああ、これは。まだティーネージャーだった筆者にも、牧師が口にしたことがどのような意味であるのかわかった。

 アメリカには、かつて悪名高いジム・クロウ法というものがあった。

 1865年に南北戦争が終了してから、連邦政府は奴隷から解放された黒人にも基本的な人権を保証した。だが1877年に連邦軍が撤退すると、南部の州政府は黒人を始めとする有色人種が白人と同じ公共施設を使用するのを禁じるジム・クロウ法を次々と可決しはじめた。学校はもちろん、乗り物、宿泊施設も、黒人は白人と同席が禁じられた。そして1896年には、連邦最高裁がこれを「分離しても平等」であるとして、合法としたのである。

 まさに「区別は差別ではない」の理論だった。

 1964年7月、リンドン・ジョンソン大統領が公民権法に署名してジム・クロウ法は廃止された。考えてみれば筆者が留学した1977年は、それからわずか13年しかたっていない。筆者の同級生たちの親たちも、祭壇から説教していたサザンバプティストの牧師たちも、「人種差別」は合法だった南部で育ったのである。

 冒頭のカンサスの事件でもわかるように、アメリカ社会の人種差別問題は決して過去の話ではないのだ。(次回に続く)

  
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