前向きに読み解く経済の裏側

2021年1月2日

»著者プロフィール
閉じる

塚崎公義 (つかさき きみよし)

経済評論家

1981年 東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の業務に従事。2005年 銀行を退職して久留米大学へ。現職は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は一個人として行うものであるため、肩書きは「経済評論家」とする。

 人々が「新型コロナ慣れ」をするにつれて、景気は順調に回復してゆくだろう、と筆者(塚崎公義)は考えています。

(Natali_Mis/gettyimages)

未知の脅威に身を縮めた昨年の経済

 昨年の世界経済は、新型コロナの影響で甚大な打撃を被りました。欧米諸国では感染者数も死者数も激増し、都市封鎖なども行われましたから、経済への打撃が甚大であったのは仕方ないことでしょう。

 問題は、日本が欧米諸国と比べて人口あたりの感染者数も死者数も数十分の1であるにもかかわらず、経済が受けた打撃が同じように甚大だったことです。

 理由については定かでありませんが、筆者の想像では、日本人が悲観的で慎重だということが影響していると考えています。自粛等々によって慎重に行動するから感染が広がらない一方で、感染が広がらないにもかかわらず経済が止まってしまう、というわけですね。

 マスコミや評論家などが悲観的な話をして人々を恐怖に陥れたことも影響しているはずです。マスコミや評論家などは、悲観的な話をする方が顧客の関心を惹きやすいので、「大丈夫です」より「心配です」と言いたがるのです。

 今回のような未知の感染症の場合、聞き手は基礎知識がありませんし、得体の知れないものに対する恐怖を感じていますから、「心配です」と言われると「やっぱりそうなのか」と考えてしまうわけですね。

 理想を言えば「マスコミや評論家は悲観的なことを言いたがるから、割り引いて聞かなくては」と考えるべきなのでしょうが、「言うは易く、行うは難し」なのでしょうね。

 余談ですが、筆者は経済評論家の末席を汚している者です。しかし、いたずらに人々の不安を煽ることを潔しと考えていません。だから本稿のような楽観的なものを書くわけです。拙稿が今ひとつ読者の関心を惹かない一因は、そうしたことなのかもしれませんね。まあ、仕方のないことだと諦めていますが(笑)。

既知の脅威へと変容中

 時間の経過とともに、未知の感染症が既知の感染症に変化しつつありますし、その流れは今年も続くでしょう。すでに明らかなのは、治療法に関する様々な知見が得られたことで各国での致死率が大幅に低下している、ということです。

 各種のワクチンも開発され、実用化され始めています。その中に、効果が大きく副作用が少ないワクチンが含まれていることを期待しましょう。

 そして、一般の人々も、三密回避や手洗いやマスクといった適切な対策を講じれば簡単には罹患しないこと、致死率が(既往症のある高齢者を除けば)それほど高くないこと、などに気づき始めています。

 こうした流れが続けば、未知の感染症への恐怖が薄らぎ、「インフルエンザの手強いもの」といった理解が広がると期待されます。インフルエンザの感染力は強いですし、既往症のある高齢者は従来のインフルエンザでも死亡する場合がありますから。

 そうなれば、人々の新型コロナへの関心もインフルエンザ並みとなり、人々の行動も変化するでしょう。「コロナ慣れ」ですね。

関連記事

新着記事

»もっと見る