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2021年1月20日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

(Belus/gettyimages)

 新型コロナウィルスの蔓延で外交問題はすっかり影が薄くなってしまったが、対ロシア外交で菅内閣は、その迷走ぶりをさらけ出した。

 1月18日、通常国会の施政方針演説で首相は、北方領土問題について、2018年のシンガポール合意を引き継ぐと強調、安倍前内閣同様、4島返還要求を放棄して、「2島返還」をめざす考えを強くにじませた。

 同じ演説で首相は、ロシア当局がこの日、反体制指導者を拘束した問題についてはいっさい触れずじまいだった。

 安倍前政権は、国民の信を問うこともせず、いとも簡単に、これまでの基本方針の4島返還から2島返還へと政策転換した。プーチン政権の強権政治への強い批判も避け続けてきた。

 その安倍首相が退陣し、菅内閣が登場したことは、領土問題で日本の正当な要求に立ち返り、ロシアに対する甘い対応を見直す絶好の機会だった。その期待は裏切られた。

 なぜ、こうまでロシアにすり寄るのか。

首相「シンガポール合意引き継ぐ」

  施政方針演説での菅首相がロシアに触れたくだりは次の通りだ。

 「北方領土問題を次世代に先送りせず、終止符を打たねばならない」「2018年のシンガポールでの首脳会談のやりとりは引き継いでおり、これまでの両国間の諸合意を踏まえて交渉を進める」「平和条約締結を含む日ロ関係 全体の発展を目指していく」――。 

 留意すべきは、首相が「シンガポールでの首脳会談」と明言していることだ。

  2018年11月、シンガポールで行われた安倍首相(当時)とロシアのプーチン大統領との会談で、両首脳は日本とソ連(当時)の国交回復などを盛り込んだ1956(昭和31)年の共同宣言を今後の「平和条約交渉の基礎」とすることで合意した。

 シンガポール合意の意義、問題点については、これまで各メディアで報じられているが、その重要性を考慮して、いま一度触れる。

 共同宣言には「ソ連は歯舞群島および色丹島を日本側に引き渡す」と明記されているが、国後、択捉の両島については言及がない。この条約を「交渉の基礎」とすることは歯舞、色丹だけの返還をめざすことを意味する。

 北方領土問題についてのそれまでの日本の一貫した基本姿勢は「4島返還」だった。

 安倍首相はその大方針をただ一度の首脳会談でいとも簡単に放棄し、2島返還へ転換してしまった。重大な政策転換の際に民意を問うという民主主義における重要な手続きをとらずに。

 安倍首相は、ロシアの姿勢が硬く、4島返還が困難な状況であることを考慮、歯舞、色丹の2島だけの返還実現をめざすのが得策、現実的と判断したのだろう。裏の交渉で、2島返還ならロシアも応じるとの何らかの感触をつかんでいたのかもしれない。

 しかしロシアは2019年に入って強硬姿勢に転じ、交渉は再び暗礁に乗り上げた。それ以後の経緯はは多くの国民も知っているところだ。

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