経済の常識 VS 政策の非常識

2021年2月12日

»著者プロフィール
閉じる

原田 泰 (はらだ・ゆたか)

名古屋商科大学ビジネススクール教授

1974年東京大学農学部卒業、博士(経済学)。経済企画庁、大和総研チーフエコノミスト、早稲田大学特任教授などを経て、2015年から日本銀行政策委員会審議委員を5年間務めた。20年4月より現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮選書)など著書多数。
 

 米国大統領選挙で選ばれた538人の選挙人による投票が2020年12月14日に各州で行われ、民主党のバイデン氏が306票、トランプ氏は232票となった。これでバイデン氏が過半数の選挙人を獲得し、大統領就任が確実となった。にもかかわらず、トランプ氏は「選挙が盗まれた」と主張し、不正投票があったとの訴訟を乱発しているが、ほとんどが却下されている。

(出所)Economist Intelligence Unitによる『Democracy Index 2019』、国際通貨基金(IMF)の統計を基にウェッジ作成 ​
(注)民主主義指数は、「選挙制度と多様性」「政府機能」「政治参加」「政治文化」「人権の尊重」の5項目で10㌽満点で評価している

 アフリカや東欧、中南米の国なら、大統領が選挙結果を否定し、居座りのクーデターが起きてもおかしくないところだが、さすがに米国では起きそうにない。そもそも、現職大統領が選挙を不正だと言うのは前代未聞で、世界中の「半民主主義国」で不正選挙だと告発するのは野党の民主派候補だ。普通に考えれば、権力に就いている方が不正選挙をやりやすく、いない方が不正選挙をする力がない。

 なぜトランプ氏には、居座りのクーデターが無理なのだろうか。いくら党派対立が激化しているといっても、米国は民主主義の国であり、選挙プロセスは公開され、民主・共和それぞれの支持者が立ち会うことができ、その様子は報道される。

 裁判所も根拠のない不正投票の訴えは却下する。最高裁判事9人のうち、保守派の判事が6人になったからといって、トランプ氏に指名された恩義を感じて根拠のない訴えを認める訳もない。合衆国憲法制定時の考えを根拠に条文を解釈すべきであって、社会情勢に応じて解釈を変更すべきではない。保守派の判事は中絶などの社会問題に関して保守的なのであって、任命者に恩義を感じて憲法を解釈するはずがない。トランプ氏の側近といわれたバー司法長官も「選挙結果は認めるべきだ」と言った。結果、トランプ大統領の怒りを買い、辞任させられた。

 行政、立法、司法の三権は分立している。軍隊も官僚組織も中立を守っている。制度がトランプ氏の暴走を止めている。合衆国憲法の制定者は、民衆が選挙によって独裁者を選ぶ可能性を疑い、大統領も議会も裁判所も、独裁的権限を振るうことができないような制度を作ったのだ。

 もう一つ、暴走を止める要因がある。トランプ氏の得票数は約7400万票、バイデン氏の得票数は約8100万票で、約700万票少ないだけだ。アフリカ、アジア、東欧、中南米の半民主主義国の独裁者ならクーデターに成功しただろう。これらの国で、現職大統領は、軍隊、警察、官僚組織、国有企業、政商の支持を得ている。支持者は、大統領が下野すれば職を失ってしまう。4対6ぐらいの得票比率であれば大統領にかけた方が良い。

 しかし、米国では他に仕事がある。却下されるだけの訴訟を起こして弁護料をふんだくるだけの弁護士とは誰も思われたくないだろう。勝てる裁判をしてこそ名声が上がる。政権側にいる弁護士だけではない。政治任用された政府高官、政策立案者、スピーチライター、広報担当者も次の新しい仕事を探している。早く見つけなければ、仕事はなくなってしまう。

 繁栄した資本主義の国では、政権から離れても仕事がある。まして米国は転職が多く、雇用の流動化が進んでいる。日本の同一企業での平均勤続年数が12.1年であるのに対し、米国は4.2年である。英独仏伊と比べても短い(労働政策研究・研修機構「データブック国際比較2019」)。良い仕事を見つける機会は大いにあるのだ。

 一方、アフリカ、東欧、中南米では、大統領の配下より良い仕事が少ない。最後まで独裁者と運命を共にするしかない人がたくさんいる。このたくさんの人に支持されて、独裁者は最後まで頑張ることができる。

関連記事

新着記事

»もっと見る