バイデン政権は中国を「今世紀最大の地政学上の課題」と位置付け、首脳間電話会談、日米豪印クワッド会談、日米外務・防衛担当閣僚会合(2+2)、米中外交トップ会談などを通じて、中国に対する強硬な姿勢を明確にしている。最先端技術を巡る争いは。中国との戦略的競争の重要な戦線であり、米国は、「技術民主主義国」が結集することで「技術専制政治国」に対抗する姿勢を打ち出した。
しかし、バイデン政権が重視する先進工業民主主義国の間においても、各国の技術を巡る対中国市場に関する利害関係が存在する。米国の国際的な指導力も低下している中、たとえ同盟国でも「技術民主主義国」として協調することには障害がある。
バイデンは2月24日、中国との競争を念頭にサプライチェーンのリスク検証を通じた強靭化を目的とした大統領令に署名した。大容量電池、重要鉱物、医薬品・医薬品有効成分と並び、半導体が4つの主要製品分野として指定された。
この半導体については、戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問のウィリアム・レイシュが、3月22日付けでCSISのウェブサイトに掲載された‘Forget Industrial Policy. It’s Now Innovation Policy’(産業政策ではない、イノベーション政策だ)と題する論説において、主要な対象品目として挙げている。レイシュは「戦略策定では優れている点と、劣っている点の両方を考慮しなければならない。半導体においては、米国の優れている点はフロントエンド、つまりインベンションとデザインだ。そして米国が劣っている点はバックエンド、つまりファブリケーション、アッセンブリ、パッケージングだ。バックエンドは主としてコスト面により海外へ移動したことから、米国は国家安全保障に影響を与えるサプライチェーンの脆弱性に直面している。さらに研究開発も米国企業が運営する海外の研究所に移動を継続している。もし製造を止めれば、発明も止まる。しかし、その逆もまた真なりだ。もし発明を止めれば、製造も止まるのだ」と指摘する。その上で、米国は基礎的研究を支援すると同時に特定の焦点を絞ったセクターの発展を支援すべし、と論じている。
レイシュは、商務次官(貿易管理担当)などを経て、全米外国貿易評議会(NFTC)会長を15年にわたり務めた経済面の国際競争の専門家である。上記論説のイノベーションを前面に打ち出す考え方自体は、興味深いと言ってよいだろう。
ただ、半導体のグローバル・エコシステムは、分業が進展して極めて複雑になっている。このため、レインシュが用いるフロントエンドとバックエンド、発明と製造という単純な議論では、イノベーション政策を象徴的に示すことはできても、具体的な政策として実効性を上げることは容易ではないかもしれない。さらに、半導体はもとより、中国との関係が深い航空機、自動車、機械、化学品、医療機器、農産品、食糧などをはじめとして、米中関係の悪化に懸念を抱く産業や企業も多い。
前述のサプライチェーンのリスク検証は、署名から100日以内の実施が定められており、レイシュが言うような国家安全保障に直結した主要技術におけるイノベーション政策につながっていくのか注目される。バイデン政権がサプライチェーンを含みデカップリングなど急進的な対立の方向に進むとすれば、日本には重大な経済安全保障上の影響が発生する可能性がある。
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