2024年4月27日(土)

Wedge REPORT

2021年6月16日

新型コロナワクチンの接種には丁寧な問診も欠かせない
(東京都港区の集団接種会場) (WEDGE)

「ようやくワクチンを打てると思うと興奮して眠れなかった」

「花粉症で薬を飲んでいるが、ワクチンを打っても大丈夫か」

 5月下旬、東京都港区の新型コロナウイルスワクチン集団接種会場では、医師の問診に高齢者の区民がこんなことを口にしながら、着々と接種が進んでいた。 

 だが、このワクチン接種をめぐり、日本は未だ、混乱のただ中にある。

 取材を進めると、コロナ禍という有事にも平時の思考で対処しようとするこの国の脆さが見えてきた。

特例として臨時接種の
実施主体となった市町村

「昨年末から今年の初めにかけて国は『あくまで接種する主体は市町村だから、それぞれの地域の実態に応じて自分で考えろ』というスタンスだった」

 ある市町村のワクチン接種担当者は、こう言って憤りを隠さない。

 2020年の臨時国会で予防接種法附則第7条が新設され、新型コロナワクチンの接種は「臨時接種に関する特例」となった。これにより、予防接種法上の臨時接種の実施主体は都道府県が担うこともあるが、新型コロナワクチンでは、市町村が主体となった。 

 しかし新型コロナ流行前、市町村は、ジフテリア・破傷風・百日咳、結核(BCG)など、予防接種法上の「定期接種」に位置付けられる、いわば〝平時〟の接種しか経験してこなかった。「まん延予防上緊急の必要があるときに実施」される臨時接種は〝有事〟の接種であるため、市町村に突如「丸投げされたも同然」(予防接種に詳しい医師)だったのだ。

 その上、いざ接種を開始しようにも、国が混乱を助長した。

 愛知県蒲郡市で新型コロナウイルス感染症対策推進アドバイザーを務める中山久仁子医師は「3月~4月にかけて、ワクチンの到着するタイミングがいっこうに分からず、予診票や接種券の印刷・発送の手配がぎりぎりまでできなかった。医療従事者の接種開始日が4月19日だったが、その日程も見切り発車で決めたくらいだった」と当初の混乱ぶりを振り返る。

 また、有事の接種への準備ができていないことを象徴的に表したのが、接種の「予約」を受け付けるにあたり、複数の市町村で起きた、市民からのアクセス集中によるサーバーダウンだ。

 東京大学マーケットデザインセンターのメンバーとして自治体へのアドバイスを行っている加ブリティッシュコロンビア大学の野田俊也助教授は「先着順で予約を受け付けることは、平時には優れたシステムだが有事にとるべきものではなかった。高齢者に対しては接種場所・日時を割り当てて通知したり、予約を受け付けるとしてもタイミングを年齢順に分散させたり、受け付け時間を丸1日とったうえで、完全年齢順で予約を割り当てたりすればよかった」と指摘する。

「地区ごとに集団免疫を目指す」
地元医師と連携した相馬市

 国や各地の大混乱をよそに、独自の方式で接種を進めた自治体がある。福島県相馬市だ。

待ち時間がほとんどない福島県相馬市の新型コロナワクチンの集団接種 (WEDGE)

 同市では接種の意向調査を3月下旬から事前に郵送で行いつつ、市内を10の地区に分けて、「予約」ではなく、原則として地区ごとに日時を「指定」する集団接種を行った。その結果、高齢者施設での接種などを含めない集団接種だけで、65歳以上人口の約50%にあたる5243人(6月6日現在)が2回目の接種を終了した。

 同市の原史朗・保健福祉部長は「2020年12月から、地元にある2つの病院や17ある開業医たちと協議したところ『個別にクリニックで接種しても1日最大50人が限界だ。迅速に接種して地区ごとに集団免疫を目指すには、集団接種のほうがいい』という意見が出たことから、それを取り入れて準備を進めた」と語る。

 市内の医療従事者たちが交代で接種会場で問診と接種を行い、会場運営には市役所の職員全員がかかわる。ワクチンの管理を行うのも地元の薬剤師たちであり、駐車場の誘導に元看護師の女性がボランティアとして取り組む。

 市内で飲食店を営む夫婦は「接種予約が取れなくて困っている客がいる。日時指定してくれたおかげでスムーズに接種でき、営業していく上で、とても安心だ」と笑みをこぼした。

 相馬市と同じく、原則として集団接種を行ったのが東京都港区だ。7つの会場で接種を進め、6月1日時点で高齢者の約24%が1回目の接種を完了し、7月中に希望するすべての高齢者が2回接種を完了する予定だ。武井雅昭区長は集団接種を実施した理由について「ワクチンの特性上、小分けして各医療機関に届けて、適切に管理しつつ、有効期間内に使い切るのはハードルが高かった」と語る。

 同区の接種会場で看護師リーダー役を務める前川大輔氏はワクチン管理の難しさをこう語る。

「mRNAワクチンは従来のものとは異なり、厳格に有効期間や保存方法が決められており、1バイアル当たり6本の注射器に規定量を分ける精密な作業も伴う。接種する直前まで、ミスを防ぐために複数の医師や看護師、薬剤師による何重ものチェックが必要だ。加えて、これらの作業を確実に行うために、薬剤師と看護師が共同で基本基礎動作を守りながら行っている」

mRNAワクチンの取り扱いは難しく、何重ものチェックが必要だ (WEDGE)

 事実、大牟田病院(福岡県大牟田市)では5月28日、約1000回分にあたる174バイアル(容器:6回分)のワクチンをディープフリーザーに戻し忘れて常温で3時間放置し、廃棄された。こうした取り扱いミスが各地で起きる。

 また、個別接種によって、接種場所が分散することは、ワクチン廃棄の可能性も高めることになる。現状、常温で注射器に充填されたワクチンは6時間しか保存できないため、個別接種では、予約人数やキャンセル状況次第で、用意した1バイアル分の注射器を使い切れないことが起こり得る。そうした意味でも集団接種の意義は大きい。


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