ノーベル賞学者でも手をこまねく経済成長策
2001年初めのことである。テレビの経済討論番組で、当時の亀井静香自民党政務調査会長に、ある有名エコノミストが「なぜ政府は小手先の景気対策ばかりで抜本的な構造改革をやろうとしないのか」と語気鋭く迫ったのに対し、亀井氏は「それではあなたのいう構造改革とはいったい何なのか」と切り返した。このエコノミストは、それに対して何も答えることはできなかった(野口旭・田中秀臣『構造改革論の誤解』東洋経済新報社、2001年)。
あれから20年近くたっているのに、構造改革論派のエコノミストの多くは、具体的には何も答えていない。
どうしたら成長率を高めることができるかは、簡単な問いではない。06年に世界銀行が、貧困国のための成長の処方箋を、マイケル・スペンス氏、ロバート・ソロー氏らノーベル賞受賞の経済学者を含めた委員会を作り報告書の作成を依頼した。
その結果について、開発経済学の専門家でニューヨーク大学のウィリアム・イースタリー教授は、「21人の世界一流の専門家で構成される委員会、300人もの研究者が参加した11の作業部会、12のワークショップ、13の外部からの助言、そして400万ドルの予算を投じて2年におよぶ検討を重ねた末、高度成長をどのように実現するかという問いに対する専門家の答えは、わからないというものだった。しかも、専門家がいつか答えを見つけることを信じろという」と書いている(アビジット・V・バナジー&エステル・デュフロ『絶望を希望に変える経済学 社会の重要問題をどう解決するか』日本経済新聞出版、2020年、270頁、より引用)。「新しい資本主義実現会議」で、半年で答えを出せと言っても無理だろう。
岸田首相は、中間層を厚くする、と言っている。しかし、どうしたら中間層を厚くできるのか。一つ確かなことは、所得の高い人と所得の低い人から税金を取って中間層に配ることはできないということだ。所得の高い人は人数が少なく(これは本欄「高所得者への所得税拡大は財政健全化につながらない」で既に述べた)、所得の低い人はお金がなく、中間層はたくさんいるからだ。
中間層には自分で頑張って中間になっていただくしかない。政府が中間層向きの仕事を作ったりすることができるとは思えない。政府ができることは、例えば教育の援助くらいしか思いつかない。
「130万円の壁」の既得権益拡大を
むしろできることを考えてはどうだろうか。所得の低い人の所得を上げることである。いわゆる「130万円の壁」をなくすことと、補助金付きの最低賃金の引上げ(これは、給付付き税額控除と似ている)である。
130万円の壁とは、専業主婦の年間収入が130万円を超えると夫の年金から離れて独自に年金保険料などを払わなければならなくなることで、収入が160万円ほどになるまで税保険料支払い後の所得が増えなくなることだ。
多くの人は、専業主婦の既得権益をなくすことを論じるが、そもそも既得権益を破壊しようとするから反対が多くなって改革がうまくいかない。私の提案は既得権益を拡大することだ。