『アメリカのありふれた町で』(天夢人)著者の東理夫さんはレンタカーでアメリカの小さな町を巡り歩く。例えばワシントン州の人口200人足らずの町スパングル。
1937年に機械屋主人のウィリアム・フィリップがこの町で死亡した。彼こそ、映画『明日に向かって撃て!』(1971年)の中で、相棒サンダンズ・キッドと共に銃撃死したはずのブッチ・キャシディ(映画ではポール・ニューマンが熱演)、その人だ。
希代の悪漢はボリビアで死んだのではなく、実は30年近く母国で生き延びていた!?
というような、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのアメリカのアウトローを中心とした各種伝説の真否を追った旅行記が本書。
「コロラド州の列車強盗で銀行強盗だったブッチとキッドもそうですが、開拓時代の西部の話題が多いですね。なぜですか?」
「ぼく、アメリカ文化のファンなんですね」
東さんはアメリカ文化に造詣が深い。代表作に『アメリカは歌う。』『アメリカは食べる。』(共に作品社)などがある。
「そんなぼくから見ると、現在のアメリカの基盤を作ったのは西部開拓民の営みでした。いわゆる西部劇の世界ですね。でも、日本に紹介されたハリウッド製の西部劇が白人中心の偏向した作品だったこともあり、本当の西部の姿が日本人に伝わっていません。ですから、西部の実像を示したい、と」
東さんによれば、アメリカの正義は、富と権力を握った東部の人々によって作られ、法律になった。西部に向かったのは、その檻を嫌い、自由を求めた連中である。
南北戦争の南軍の敗残者。解放された黒人奴隷。先住民のインディアンやメキシコ人など、体制に馴染めない者が多かった。
「一口にアウトローと言いますが、彼らは無法者と呼ぶよりも文字通りロー(法律)の外側の人、外法者だったと思います」
東さんが自由を求めるアウトローに心惹かれるのは、自身の生い立ちの影響もある。
本書でも幾度か記されているが、東さんの両親は日系カナダ人の2世だった。家庭内の両親は英語で日常会話をしており、東さんも物心つく頃から北米文化に浸って育った。
「子どもの頃は、2世の息子だからってよくいじめられました。そのせいでしょうね、虐げられた人たちに同情的なのは」
完全なカナダ人にも日本人にもなり切れない宙ぶらりの帰属意識があった。
しかしその「中間意識」が、北米を旅行して回り、物語を発掘して執筆する現在のライフスタイルに「とても役立っている」と言う。
「それにしても、東さんの旅の仕方は風変わりですよね。ほとんどの町で1泊のみ。宿泊はハイウェイ脇の安モーテル。そして物語の現場を訪れる以外は、図書館、博物館、新聞社などでもっぱら資料探し。そんな旅を、いったいいつから始めたんですか?」
「1976年のアメリカ建国200周年前後からですね。さまざまな雑誌でアメリカの歴史や文化を特集するようになり、“どこそこへ行って、これとこれを取材して”と頻繁に依頼されたんです。それ以来ですね、車で町を回るのが僕の旅の基本になりました」
本書の各章も、雑誌『ミステリー・マガジン』に3年ほど連載した作品の中から、開拓時代の西部関連モノを選んだものだ。
移動することでアメリカの本質がわかる
「1カ所に長く住まないとその国はわからない、と皆が言います。でも移民国家のアメリカの場合、定住よりもしょっちゅう移動して回る方が、国の本質がわかるんです」
東さんの見るところ、アメリカは旅の国。オクラホマ、ニュージャージー州以外はすべて無料のオープンハイウェイだ。しかもハイウェイの数字はルート66のように、偶数なら東西、奇数なら南北を示し、地図に出入り口が明記されている。1泊50~70ドルの格安モーテルが無数にあり、格安レストランも豊富。誰でも迷うことなく国中を旅できるのだ。
特徴的なのは移動労働者が多いこと。芸能・芸術界やスポーツ界はもちろんだが、大工や左官、電気工など職人たちも数多いる。
「早く移民した人が土地を回って農家となり町を作る。すると、後から来た移民は土地を持てないから、技能を売りながら町から町へ移動する。アメリカという国は、移動が前提となって社会が成立しているんです」
車と道路が異様に発達した国は、国民の自由な移動(旅)を保証する国でもあるのだ。