コストの議論で語られない不都合な真実
そもそも従来より電力会社は、例えばコストが安いからといってある特定の電源に振り切ってしまうようなことはせず、バランスの取れた電源構成(ベストミックス)を維持することに腐心していた。それは電源ごとに発電特性が異なるため、安定供給にはさまざまな電源を組み合わせることが必要だったからに他ならない。今年1月には欧州連合(EU)がドイツなどの国々の反対を押し切って、原子力と天然ガスを「グリーン投資」として「EUタクソノミー」に加える方針を明らかにした。再エネ一本鎗の気候変動対策を推し進めてきたEUも安定供給を考慮し始めたものと見える。世界の潮目の変化はこんなところにも見て取れる。
確かに近年の風力・太陽光の発電コスト低下は目覚ましい。しかし自然条件が良好な地域では石炭火力よりも安価となったとしばしば言われるが、そうした言説には語られていない不都合な事実が存在する。まず発電コストには停電を回避するために系統安定化に必要なバックアップ電源のコストや小型分散的に立地する再エネ発電所と送電網とを接続する送電コストの上昇は含まれていない。また既存の再エネ発電所は条件の良い立地からこれまで順次導入されてきたため、今後は当然ながら立地条件が悪化していくことでコストが上昇する可能性も高い。再エネがこうした全てのコストを含めて石炭火力よりも安くならなければ、電力価格を上昇させ家計や企業の負担を増加させることとなる。
COP26が開催された時期は折しも、化石燃料、特にガス価格が高騰した結果、電力価格も大きく上昇、例えば英国の卸売電力価格は前年同期比で4.5倍にまで高騰していた。COP26では、「再エネ転換の遅れによって電力価格高騰の打撃を直接受けることとなっており、一層再エネの導入スピードを加速する必要がある」などとする主張がなされたが、化石燃料高騰の原因は近年の急進的な脱炭素政策によって、化石燃料への投資が大幅に減少し、供給力が抑制されたことが根本的な原因としてある。再エネの導入スピードを加速するどころか、世界経済に甚大な打撃を与える脱炭素の急進化こそ見直すべきである。
SDGs達成を後押しする石炭火力の役割
気候変動対策の必要性としてSDGsがしばしば引き合いに出される。しかし気候変動対策は17の目標で構成されるSDGsの13番目に掲げられている目標の一つに過ぎない。他には貧困・飢餓撲滅や教育普及、人・国・ジェンダー間の平等、平和と公正など、より緊急で普遍的な目標が挙げられている。そもそもSDGsの最大の目的は途上国の開発、経済発展を成し遂げることである。経済力が低く、気候変動の影響に脆弱な途上国のために気候変動対策は必要であるが、本末転倒してはならない。
途上国の経済発展を後押しするために、SDGsは7番目の目標として、「すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な現代的エネルギーへのアクセス確保」が掲げられている。この7番目の目標では再エネ割合を大幅に拡大させることを目指しつつ、高効率かつ環境負荷の低い化石燃料利用技術もクリーンエネルギーとして技術開発と投資が奨励されている。SDGsは決して化石燃料を排斥するスタンスを取ってなどいない。それどころか、途上国の人々にクリーンな化石燃料へのアクセスを支援する国際協力を強化することを求めている。
先進国が考えるべき発展途上国の現実
以上を踏まえた上で、COP26で槍玉に挙げられた石炭火力の役割について再検討してみたい。図は石炭で発電している世界の国々について、石炭火力への依存度とその発電量、それと豊かさの指標である一人当たりGDPとの関係を示している。石炭火力による発電量・依存度が高い国々は図の左側、すなわち経済発展途上段階に多く存在している。途上国にとって石炭火力の優れた経済性は魅力的に映って当然で、エネルギーコストを節約して浮いた資金を投資に回すことが出来ればそれだけ早い経済発展が可能になる。未だ経済発展の端緒をつかんでいないような国々はアジアにもアフリカにも数多く存在しており、そうした国々はまだ電力需要が小さいためこの図に載っていないが、将来的に石炭火力の優れた経済性を享受する権利がある点も忘れてはならない。