2022年12月4日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年2月8日

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 本来マルチラテラリズムは、世界的な課題を一国・一極主導ではなく、国際機関の設立や中小の国々の連携によって、一部の国に不利益にならないよう偏りのない解決を目指すものであり、大国の中心性とは相容れない。しかし中国は国際機関への影響力拡大、あらゆる国際関係を二国間関係の集積として捉える発想、そして「米国や西側ではなく途上国の代表である中国こそ、自国の発展の経験を生かして世界的な課題を解決できる」という発想を結びつけ、「中国主導の多辺主義」を大いに推し広げようとしている。

 一方、中国のいう「真正な民主精神」とは何か。それは習近平のいう「全過程民主」である。

 ここ1〜2年の中国は、米中対立と疫病禍をうけて、米国の連邦議会襲撃事件やアフガン撤退、世界最悪の感染状況、人種差別といった問題を通じて、米国の民主と自由は短期的な視野しか持たず移ろいやすい世論に左右され、真に米国民の生命と財産を保障しているとは言えないとあげつらう。そして、米国の一国主義的な覇権こそが、世界中でこれまで数え切れない悲劇を生んできたと主張する。

中国にとって西側の「民主」は小さな「私」の「ニセ民主」

 これに対して中国共産党は、今や中国こそが一人ひとりの個人にとって切実な生存権と発展権を充足させ、そのために必要な社会の安定を実現しているのみならず、あらゆる人々を社会と経済の運営に参与させ、自分も国家と社会の主人公であるという自覚を持たせており、このような人民の名における「全過程民主」こそ、西側の「私」の小さな利益に左右された「ニセの民主」に取って代わる、大いなる「公」の「真正の民主」なのだと強調する。

 しかしこれは、伝統的な専制政治において、権力者が民のためを思って「正しい」政治を行う「民本」である。全ての人々の自由意思を尊重するところから出発して権力の放肆(ほうし)を牽制し、多様な意見が政治と社会に反映される中でさらなる自由と発展を担保しようとするという、世界中で長年にわたり希求されてきた自由と民主の精神とは全く相容れない。

 それでも中国は、自由であるがゆえに移り気でまとまりがない外国の世論を逆手にとり、中国式の管理社会を止める気配は全くない。新疆ウイグル自治区問題でどれほど諸外国が懸念を強め、持続的なビジネスのあり方をめぐる議論が進もうとも、中国は自国の経済が巨大で、全世界に恩恵をもたらすものでありさえすれば、多くの国や企業が中国との協力を止めることはないと見ているのであろう。

 既に2008年、北京五輪を前にどれほどチベット問題が激化しても、いざ北京五輪の華々しい開会式や競技が展開されれば、結局世界中の誰もが北京五輪を受け容れ、その後のリーマン・ショックの中で、巨大なインフラ投資で世界経済の牽引車に躍り出た中国にすがった。

全ては「社会の安定」による「共同富裕」のため

 だからこそ、中国の問題はますます深刻になるばかりである。

 ここ1〜2年来の日本では、新疆ウイグル自治区や香港の問題が大きな注目を集めているが、それだけでなくチベット問題や南モンゴルの問題も、固有の言語や文化が「中国化」の圧力にさらされて大きな打撃を蒙っており、本質的な緩和や和解とはほど遠い。

 さらに中国は、「社会の安定」を実現して発展を促進することこそ、「発展権」を中心とした「中国の人権」に合致しており、個別の自由権や主張はむしろ「社会の安定」を乱し「発展権」を阻害するがゆえに「反人権」であるという発想を、少数民族や香港のみならず中国のあらゆる問題にも適用するようになった。防疫のためと称して残酷な都市封鎖や隔離が行われるのも、文化的なコンテンツや教育内容に党と国家が容赦なく介入するのも、全ては「社会の安定」による「共同富裕」のためであり、「中国の人権と人民民主」を充足するためだということになる。

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