2022年11月27日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2022年2月8日

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 黄河は、皇帝権力による専制の歴史の象徴である。

 かつて1989年の六四天安門事件に先立ち、中国は文革の反動と改革開放草創の気風の中で、かつてなく「自由」な議論の時代を迎えていた(共産党体制のもと、完全な自由ではないが、今日と比べれば明らかに自由はあった)。その中では、毛沢東専制を許してしまった中華文明そのものの是非が問われ、中国中央テレビのドキュメンタリー『河殤』(黄河の未成熟な死を意味)は、専制の文明を生んだ黄河も最後は青い海に至り、西側で生まれた自由で開かれた海洋文明に合流するというイメージを提起し、89年の民主化運動を激発した。

 中国共産党はそれを戦車で全面的に封殺し、ナショナリズムを徹底的に強調しつつ経済発展を押し進めた結果、今や圧倒的な国力で世界に君臨し、それを可能にさせた黄河文明・中華文明の力を誇っているのが現実である。

 黄河の源流がチベット高原から発した時点では、氷のように冷たく青かった流れは、やがて黄土高原を貫く中で、灰色とも茶色ともとれる黄土色に染め上げられ、「中国化」してしまった。そして今実際に、チベットをはじめ多くの少数民族、ならびに多様な文化や思想が「中国化」の圧力にさらされ、「一帯一路」を通じて多くの国が中国に従属させられている。

開会式の「観客」はいったい誰だったのか?

 そして今や、その対象は全世界になりつつある。中国は開会式にて、この五輪は疫病の発生以来はじめて予定通り、観客を入れて「正常に」開催される五輪であることを宣言した。中国こそ、いまや東京五輪を開催した日本を歯牙にもかけず、「中華文明の智慧」に基づく管理が世界に正常な秩序をもたらすと言いたいのであろう。

 しかしこの「観客」は、自由な意志で集った全世界のスポーツ愛好者ではなく、あくまで中国の党と政府によって組織された特殊な集団に過ぎない。そのことは、中国が包容しようとする、あるいは高く評価する特定の国・地域の入場の時のみ大歓声が響き渡ったことから明らかである。

 筆者は少なくとも、中華台北、中国香港、パキスタン、ロシア五輪委員会の入場時に、観客席からの大歓声を聞いた。中国に評価される者、そして従うべき者には恩恵を与え、中国と距離を置く者に対しては冷淡な対応しかしないという、上下関係と差異を専制権力の側が意味づける中華文明のやり方が、疫病下の特殊な状況のもとであからさまに表現されたといえる。

中国の「多辺主義」と「真の民主」

 中国が主導し管理するという世界観は、五輪に合わせて開催された習近平・プーチン首脳会談においていっそう強く示された。日本のメディアにおいては、ロシアが新規に巨額の天然ガス供給を中国に申し出たことが大きく伝えられたが、筆者が最も重要な点として見てとったのは、中国がロシアと協力して「真の多辺主義」を広めるだけでなく、「真正な民主精神でグローバルな安全と戦略的安定を実現する」と強調したことである。

 今や習近平と中国共産党は、雪の華、そして黄河の氷の立方体に仮託して、中国こそが米国に代わって国際社会の指導的立場を取り戻し(しかも赤々と燃えさかるトーチは共産主義・反帝愛国の重要アイテムでもある)、「真の多辺主義(マルチラテラリズム)」を中国主導で創りあげるという理想を全世界の前で宣言した。

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