2024年4月26日(金)

世界の記述

2022年2月20日

petrovv / iStock / Getty Images Plus

 台湾政府で対中国政策を担当する大陸委員会は1月25日、北京五輪に政府職員を派遣しないと発表した。米バイデン政権の「外交ボイコット」への追随だが、1月末の世論調査によれば、台湾で51.8%が決定に賛成した。

 台湾が問題視する中国の人権侵害は、新疆ウイグル自治区よりもテニス選手彭帥さんの失踪だろう。台湾の少数野党、時代力量が昨年11月、蔡英文政権に「外交ボイコット」を求めた際、理由として彭帥さんへの性的暴行とともに、「人間蒸発」を挙げている。

 台湾の対中交流窓口機関、海峡交流基金会(海基会)が2019年に公表した資料によると、16年5月からの約3年間だけで、中国で台湾人が失踪したとの届け出は149人。大陸委員会のその後の調べによると、収監場所が分かったり台湾に帰還したりしたケースを除き、なお48人が安否不明となっている。中国当局による被拘束者が多くを占めるとみられる。

 中国では、米国や英国、豪州、日本の市民がスパイ罪などで拘束・収監されている。ただ、台湾人は、拘束されても家族らに通知がなく、長い時間「失踪」させられる。つまり彭帥さんと同じだ。しかも現在の台湾は各国と異なり、国民が拘束された疑いがあっても、政府が介入する道がない。

 かつて中台蜜月だった馬英九前政権時代の09年、中国は台湾と「司法相互援助協定」を締結。台湾人を拘束した場合「速やかに通知」することや、犯罪者の相互送還などで合意している。ただ、台湾独立志向の蔡英文政権が誕生した16年以降、中国は協定を無視。台湾人を拘束しても通知しなくなった。18年9月、中国の女優、范冰冰(ファン・ビンビン)さんと一緒に、台湾籍の関係者が一時「失踪」した。後に脱税容疑で取り調べを受けたと分かるが、台湾側に知らせは一切なかったという。

 また、中国国務院(政府)台湾事務弁公室が19年8月から11月にかけ、「国家の安全に危害を与えた罪」で、台湾人の李孟居、施正屏、蔡金樹の3氏を拘束したと順次発表した。3氏は、地方政府の顧問や民間団体の幹部、元大学教授で、18年以降、中国に入った後、相次ぎ消息を絶っていた。同協定を台湾で所管するのは大陸委員会だが、発表は同委員会を無視して一方的に行われた上、3氏の収監場所は知らされなかった。中国が、台湾独自の司法制度の存在を完全に否認したものと受け取られている。

 台湾人が突然、しかもかなりの長期間失踪するのは、中国独特の恐るべき制度が深く関係している。「居所指定居住監視制度」と呼ばれ、中国に住所を持たない台湾や外国の容疑者に対し、警察が指定場所へ滞在を命じ、取り調べを行う。台湾メディアの風伝媒によると、名称は穏やかに聞こえるが、実態は「制度化された失踪」だ。

 被疑者は、秘密の場所に6カ月間も軟禁され、外界との交流は完全に遮断。家族や弁護士にも連絡を取れない。警察は、24時間、無制限の取り調べが可能で、自白の強要や拷問の温床となる。台湾の場合、本人に接触を試みようにも交渉ルートがない。容疑者の家族は、何もできないまま、焦りの中で極めて長い時間を過ごすことになる。中国に関わる台湾人にとって、彭帥さんは明日のわが身だ。

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 Column 2   原始時代から変わらぬ日本の釣り 科学的なルール作りを 
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PART3 70年ぶりに改正された漁業法 水産改革を骨抜きにするな 編集部
PART4 「海は俺たちのもの」 漁師の本音と資源管理という難題
鈴木智彦(フリーライター)
PART5 行き詰まる魚の多国間管理 日本は襟元正して〝旗振り役〟を
真田康弘(早稲田大学地域・地域間研究機構客員主任研究員・研究院客員准教授)
PART6 「もったいない」を好機に変え、日本の魚食文化を守れ!
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 Column 3  YouTuber『魚屋の森さん』が挑む水産業のファンづくり 
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 Opinion  この改革、本気でやるしかない  編集部

   
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魚も漁師も消えゆく日本
魚も漁師も消えゆく日本

四方を海に囲まれ、好漁場にも恵まれた日本。かつては、世界に冠たる水産大国だった。しかし日本の食卓を彩った魚は不漁が相次いでいる。魚の資源量が減少し続けているからだ。2020年12月、70年ぶりに漁業法が改正され、日本の漁業は「持続可能」を目指すべく舵を切ったかに見える。だが、日本の海が抱える問題は多い。突破口はあるのか


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