前回の本連載で説明したように、中国のインテリジェンス・コミュニティーは共産党を中心とし、台湾を対象にして構築されたものであった。
その後、文化大革命の収束をきっかけに、鄧小平の主導でコミュニティーの改革が始まり、1983年に政府組織として国家安全部が創設されると、インテリジェンスの中心は行政機関に移り、その対象も日米欧に拡大されていく。
現在、中国のコミュニティーには党、政府、軍の3つの母体があり、それぞれが情報機関を有している。しかし、縦割りで運営されているため、互いの協力関係はほとんどない。
共産党は、宣伝部、対外連絡部、台湾工作弁公室、統一戦線工作部(統戦部)といった組織を有している。宣伝部は対外プロパガンダ、対外連絡部は外国の共産主義勢力との連絡を担当し、台湾工作弁公室は台湾における工作活動を管轄する。さらに統戦部は諸外国において中国の思想を広め、華僑に対する工作を行っている。有名な孔子学院もこの工作の一部だ。
不都合な情報は遮断
中国を覆う監視網
政府の組織としては国務院の国家安全部があり、ここが諸外国の対外情報機関に相当する。国内に5万人、国外に4万人の人員がいるとされ、規模だけで見れば世界で最も大きな情報機関ということになる。海外に派遣される場合は外交官やジャーナリスト、学者に扮しているとされており、日本国内にも留学生などの身分で数万人規模の協力者がいるとされる。
安全部の任務は外国で情報を集めることだが、中国国内でも外国人に対する監視活動を行っており、この点で同じ国務院の公安部と縄張り争いが生じることもある。
公安部の方は、国内の中国人による反体制運動を監視することが主務で、最近はサイバー空間の監視に力を入れている。同部は国内すべての情報をデジタル化して統制する「金盾計画」を発動し、その一部がAIとカメラによる監視を確立した「天網システム」やサイバー空間を検閲する「グレート・ファイアー・ウォール」だ。
後者はサイバー空間を監視するだけではなく、当局にとって好ましくないサイトを遮断したり、ネットに投稿されたコンテンツを削除することも可能になっている。中国国内の端末では、「天安門事件」と検索してもヒットしないことはよく知られており、ウィキペディアやユーチューブも閲覧することができない。
しかしシステムは完璧ではないようで、昨年11月、女子プロテニス選手の彭帥(ほうすい)氏が元副首相の張高麗(ちょうこうらい)との関係をSNSの「微博(ウェイボ)」に告発した際には、告発文が掲載されてから削除までに約20分を要しており、そのわずかな時間で情報が拡散された。これがシステム上の欠陥なのか、もしくは担当者が削除に躊躇したのかは明らかになっていない。
また、国務院は国家科学技術図書文献センターを有しており、同センターの傘下には国家科学図書館をはじめとする多くの図書館がある。これらは世界中の科学技術に関わる論文や著作を収集して、数千人の手で翻訳、分析をし、時には政治指導者に情報を上げることもあるという。
これは公開情報に特化した活動だが、これほど熱心に公開された科学技術情報を収集している組織は世界的にも稀だ。それもあって『中国の産業スパイ網』(草思社)によると、中国のハイテク産業総生産に対する研究開発費の割合はわずか1.15%(米国16.41%、日本10.64%)だという。
豪州スウィンバーン工科大学のジョン・フィッツジェラルド博士は、「中国は先のわからない研究やイノベーションを起こすような実験ではなく、国家の発展や国防に対して戦略的に投資しており、自分たちで発見・投資できないものは盗むのである。この戦略は中国に莫大な利益をもたらしている」と指摘する。