安易な「失踪による廃止」が合法となる可能性も
懸念はまだある。前回、全国ルールの改正に向けた厚生労働省の動きを紹介した。厚労省の資料と足立区の検証報告だけをみれば、「差別的な対応の改善に向けた動きだ」と評価できるかもしれない。しかし、今回の動きのもととなった政令指定都市の提案資料をみると、印象は全く変わる(図表1)。
現在の生活保護制度の取扱いでは、失踪による停廃止について国は明確に示していない。これに対して、政令指定都市は、地方税法と同様の規定を生活保護法に追加することで、裁判所の許可なく公示送達ができるように求めている。
簡単に言えば、役所の前にある掲示板に書類を張り出すことで、停廃止処分が有効になるようにルールを変えてほしいというのが要望の趣旨である。
「一刻も早く縁を切りたい、自分たちの責任ではないことを公にしたい」という自治体側の本音が透けてみえる。そこには、「連絡が取れなくなったあの人の生活は大丈夫だろうか。苦しい思いをしていないだろうか」といった配慮はみられない。
コロナ禍で生活に行き詰まり、住まいを失うかもしれない人が増えるなかで、自治体からこうした提案がでてくる。残念ながら、これが偽らざる現状である。
厚労省の資料では、世論に配慮してかマイルドな表現となっている。しかし実態が知られないまま地方側の提案がそのまま受け入れられれば、不十分な調査による安易な「失踪による廃止」が合法化されることになりかねない。
ポイントとなるのは、2022年度中に実施される厚労省の調査研究事業である。都道府県や政令指定都市、市区町村といった行政機関だけを調査対象とすれば、行政に都合のよい結果になるだろう。失踪を繰り返した経験のある当事者や、それを支援する民間団体の意見を聞けば、その結果はまったく異なるものとなるに違いない。
厚労省は、ウェブサイトやツイッターで「生活保護の申請は権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください」というメッセージを発信している。この言葉が単なるパフォーマンスなのか、それとも解決困難な問題に果敢に挑戦していく本物なのか。
厚生省が示す方針は、その試金石となる。
1 「失踪」の定義
失踪とは「行方をくらますこと」であり、生活保護の実施機関と被保護者との関係で言えば、被保護者が、実施機関に対する事前の申出なく、一方的にそれまでの居所を去って連絡が取れなくなることである。居住地のない被保護者が失踪した場合は、実施機関の管内に法第19条第1項第2号に規定する現在地を有するとは認められなくなるので、保護を廃止する。
したがって、事前に行先を告げていたり、携帯電話で連絡が取れる場合などは、失踪には当たらない。このような場合は、最低1週間は保護を継続したまま、可能な限り本人の所在を把握して連絡を取り、来所を求めることに努める必要がある。実施機関が努力を尽くしても本人が来所しなかった場合は、管内の現在地を有しなくなったことを理由に保護を廃止することも止むを得ない。また、ある時点から連絡が取れなくなった場合は、その時点で失踪となる。なお、被保護者が当該実施機関の援助方針に不満で、他の実施機関で保護を受けたいとの理由から保護の辞退を申し出る場合があるが、そのような申出は任意かつ真摯な意思に基づくものではなく、辞退届が有効とされる要件(課長問答第10-12-3)を満たしていないので無効であり、廃止すべきではない。
2 失踪した場合の適用ルール
(1)保護を廃止する時期
居住地がなく、無料低額宿泊所(日常生活支援住居施設(法第30条第1項ただし書に定める要件に該当すると都道府県知事等が認めたものをいう。以下同じ。)や管内の簡易宿所等を利用していた者が失踪した場合、原則は失踪した日の翌日付で保護を廃止するものとする。ただし、本人のそれまでの言動や居室内に荷物が置いてある等の情況証拠から、実施機関において一時的な外泊と判断し、廃止せずに一定期間待つことは差し支えない。この場合、失踪した日の翌日付で保護を停止するものとする。なお、「失踪した日」とは、実施機関が施設長等からの連絡や訪問調査による現認を受けて失踪事実を把握した日である。
(2)保護の実施責任
失踪した者がその後他の実施機関に保護の相談に現れた場合の実施責任は、次のとおりとする。
ア 失踪後、元の実施機関が保護の廃止を決定するまで 元の実施機関
イ 元の実施機関の保護廃止後 (廃止後)相談を受けた実施機関
つまり、元の実施機関が失踪した日の翌日に保護の廃止決定までしていれば、その時点以降に他の実施機関に現れても、実施責任は戻さない。現れたとの連絡を受けた時点で廃止決定をしていなければ、実施責任を戻す。停止して一定期間待っていた場合は、同様に実施責任を戻した上で、現れた日付で停止を解除する。なお、停止期間中の支給済保護費は、3(2)で後述のとおり、原則として戻入を求めるが、本人からの聴取内容を調査の結果、停止期間中の居所を確定できた場合は、停止解除時期を遡及して差し支えない。
(3)適用対象者
a.現在地により保護を受け、b.無料低額宿泊所や簡易宿所等の経過的居所を利用している者。
ア a.について
無料低額宿泊所や簡易宿所等利用者でも、居住の安定性を認めて居住地保護を受けている者は、対象外。これらの者が失踪した場合は、居住地のある者の失踪と同様に取り扱う(問8-41及び問8-44参照)。実際は、居室の引払いをもって保護の停廃止を判断することとなるケースが大半であろう。
イ b.について
本ルールの適用対象となる経過的居所としては、次のものが考えられる。
(例)無料低額宿泊所、簡易宿所、アルコール・薬物依存症者等対象施設、カプセルホテル、ネットカフェ、サウナ
いわゆる住所不定者を対象とした「無届施設」や「ゲストハウス」等は、実態として経過的居所として利用する場合が多いと思われるが、取扱い上は居住地保護となるものなので、本ルールの適用対象とはならない。これらを利用中の者が失踪した場合は、居住地のある者の失踪と同様に取り扱う。
保護施設や病院は、実施機関の措置や医療扶助の委託により入所・入院するものであり、経過的居所ではないので、対象外。これらに入所・入院中の者が失踪した場合は、実施機関として措置・委託先と十分連絡を取った上で判断する。女性相談センターの一時保護等、他法の措置により入所する施設の場合も、措置の廃止と連動して保護の廃止を行う。
3 その他
(1)他管内の簡易宿所を利用中で本ルールの適用を受ける者が失踪した場合は、2(1)の「保護を廃止する時期」は、失踪した日から2週間経過後の翌日とする。この場合、廃止まで一定期間待つこととなるので、失踪した日の翌日付で保護を停止する。
(例)X週月曜日:失踪 → X週火曜日:停止 → X+2週月曜日終了:2週間経過 → X+2週火曜日:廃止
(2)失踪により保護を廃止又は停止した場合は、停廃止日以降月末までの支給済保護費については、法第80条にいう「これを消費し、又は喪失した被保護者に、やむを得ない事由があると認めるとき」に当たるかの判断が不可能なので、返還免除の要件に該当することは考えられない。よって、原則として地方自治法施行令第159条により、戻入を求める。
(3)本ルール適用により失踪廃止処分した者が、その後元の実施機関に現れた場合は、廃止処分自体に誤りはないが、次のように対応する。
a. 廃止決定通知書を公示送達を行わず実施機関で保管していれば、交付する。
b. 失踪後の生活状況等を聴取した上で、保護申請意思の確認等、通常の新規相談と同様に対応する。
(出所:『東京都運用事例集』)