住居喪失者の全員にこうした特性がある訳ではない。しかし、自己管理能力に欠け、社会のルールを守らない人の割合は、一般と比べれば明らかに高い。困った人たちへの対応に、担当者は日々心を削られている。
「とにかく役所が何とかしろ」という社会
担当者の苦労はそれだけではない。「困った人たち」は行く先々で迷惑をかけ、関係者の神経を逆なでする。家賃を滞納して不動産会社や大家を困らせる。騒音や悪臭で近所の人の生活を乱す。病院の窓口で大声を出して窓口職員を泣かせる。収入をごまかして生活保護を利用していることを友人や知人に自慢げに吹聴する。
迷惑をこうむった関係者から「生活保護だから」という理由で、役所にクレームが寄せられることは決して珍しいことではない。家賃滞納や騒音や悪臭、窓口でのハラスメント行為などは、本来、本人に対して改善を求めるべきものである。しかし、関係者は口を揃えていう。「本人に言っても駄目だから、役所に言っているのだ」と。
時には広報公聴部門や市長への手紙といった形で上層部に声が届けられ、「しっかり対応しろ」というお達しが来ることもある。このようなケースで適切に対応できるかどうかは、役所内での評価に直結する。「何とかしろ」というプレッシャーが担当者に重くのしかかることになる。
厚生労働省や都道府県の担当者も味方になってくれるとは限らない。利用者を信じてアパートを借りるための費用を出しても、持ち逃げされれば「担当者の見立てが甘かった」と苦言を呈されることになる。
監査でチェックされるのは「不適切な支出が行われていないか」が中心で、「必要な人をきちんと救うことができているか」という視点はほとんどない。役所内での評価という点でいえば、「なるべく保護費を出さない」という対応が最適解となる。
住居喪失者の立場に寄り添った対応をするのは、担当者にとっては一連のリスクを引き受けることを意味する。正直に言えば、私も担当者として働いていた時は、住まいのない人の相談を受けるときは「この人は大丈夫だろうか」と心配ながら話を聞いていた。相手の話を全面的に信用することはできなかった。自己の保身の気持ちがなかったといえば、噓になる。
孤立する生活保護の担当者
利用者からも、市民からも、役所の別部門からもクレームが寄せられ、無理な対応を要求される。こうした実態は、自治体職員に広く共有されている。収税や用地買収、産業廃棄物対応などと並んで、生活保護業務は不人気部署ランキングの常連である。
調査研究でも、生活保護の担当者は他部署に比べてメンタルヘルスに課題を抱えている人の割合が多いことが明らかになっている(「生活保護現業員のメンタルヘルスとその関連要因」(2014年))。
このため、異動を希望する職員は少なく、仮に異動になっても、なるべく早く他の部署に移れるよう異動願いを出すことになる。
人事担当者も仲間から恨まれたくはない。結果として、不人気部署に配属されるのは実態を知らず文句を言わない職員、すなわち、大学を出たばかりの20代の新規採用職員ばかりとなる。
興味がある人は、閉庁間際に役所にある生活保護の担当課を覗いてみるといい。疲れた表情をした若手職員の姿を見ることができるだろう。閉庁間際と言ったのは、日中は家庭訪問や関係機関との会議に忙殺され、自分の机で事務作業をするのも難しいからである。