2022年12月6日(火)

スポーツ名著から読む現代史

2022年7月22日

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中島章隆 (なかじま・ふみたか)

元毎日新聞運動部長・論説委員

なかじま・ふみたか 1952年長野県生まれ。元毎日新聞運動部長・論説委員。現在は立教大講師、東京プロ野球記者OBクラブ理事。月刊政策情報誌「毎日フォーラム」で2009年から「スポーツを読む」を連載している。

 7月15日から米オレゴン州ユージーンで開かれている世界陸上選手権。初日の男子20キロ競歩で山西利和(愛知製鋼)が大会2連覇を達成、16日には男子100メートルで日本期待のスプリンター、23歳のサニブラウン・ハキーム(タンブルウィードTC)が五輪・世界選手権を通じて90年ぶりの決勝進出を果たし、決勝では7位入賞の快挙を達成した。

サニブラウンが世界陸上で、100メートルで日本人初の決勝進出を果たした(西村尚己/アフロスポーツ)

 この一方で、このところ男子を上回る活躍をしてきた日本女子は、メダルの期待がかかったマラソンで、エースの一山麻緒(資生堂)と新谷仁美(積水化学)が大会直前にコロナの感染が分かって欠場。ただ一人参加した松田瑞生(ダイハツ)は健闘したものの、アフリカ勢に歯が立たず、9位に終わった。

 かつて日本女子マラソンが世界のトップに君臨していた黄金の季節があった。1990年代から21世紀の初頭にかけてのことだ。92年バルセロナ、96年アトランタ両五輪で2大会連続メダルを獲得した有森裕子、97年の世界選手権アテネ大会で優勝した鈴木博美、2000年シドニー五輪で日本女子陸上界に初の金メダルをもたらした高橋尚子。04年のアテネ五輪は野口みずきが高橋に続き女子マラソンで日本の五輪2連覇を達成した。

 このうち、野口を除く3選手を指導した名伯楽が今回、著書を紹介する小出義雄だ。小出は19年に80歳で亡くなったが、どのようにして世界のトップ選手を次々と育て上げたのか。足踏みを続けている日本女子陸上界の再起を願い、小出が遺した著書を手掛かりに、小出の指導方法と、言葉の数々を振り返ってみたい。

金メダル獲得前の「挑戦者」の記録

 今回紹介する小出の著書は、『小出監督の女性を活かす「人育て術」』(1998年、二見書房)と『君ならできる』(2000年、幻冬舎)の2冊だ。有森や高橋を育てた指導者として、小出は20冊近い著書があるが、今回取り上げた2冊には共通の特色がある。発行年からわかるように、シドニー五輪で高橋が金メダルを獲得する前に書かれた本だ。

『小出監督の女性を活かす「人育て術」』(1998年、二見書房)と『君ならできる』(2000年、幻冬舎)

 『人育て術』は、98年3月の名古屋国際女子マラソンで高橋が当時の日本最高記録で優勝、一躍高橋の名前を日本の陸上界に印象付けた時期に出された。

 『君ならできる』の方は、発行日こそ2000年10月5日で、9月24日のシドニー五輪女子マラソンレースより後だが、「あとがき」の日付は9月18日。

 <いよいよ運命のレースのスタートまで、あと1週間。高橋は本当によく辛い練習に耐え、強くなってくれた。私たちはやるだけの事はなしたと思う。あとはまさに天命を待つ心境である>(『君ならできる』あとがきより)。

 どちらも高橋の金メダル獲得という快挙の前に原稿を手放した著書である。とりわけ、『君ならできる』の幻冬舎の担当者は、五輪の日程に合わせて大勝負を打ったように思えてならない。

 今回紹介する2冊は、小出自身、日本選手が五輪マラソンを制する日が近くに来ていると手ごたえを感じながら、まだ答えの出ない時期に、「必ず勝てる」と信じて高橋らを育てた記録である。そこには「結果論」ではなく、「挑戦者」としての小出の実像が浮かび上がる。

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