また、遺伝子組み換え作物は安全だと言っていた担当者が、有農農業を推進する部署へ異動となった途端に、まるで人が変わったように組み換え作物に否定的な話をしていてびっくりした経験もある。
さらに、「この研究は安全安心な国産小麦を食べたいという国民の要求に応えることができる」といった狙いの研究報告が農水省の文書にはよく出てくる。やはり農水省の中には無添加や国産は安全であるとする勢力(部署)が存在するのだ。
みどりの戦略の恐るべき帰結とは何か
なぜ、「無添加や国産は安全安心」といった思考が農水省の中に存在することを問題視するかといえば、その思考が日本の農林水産業でのバイオテクノロジーの普及や理解を妨げる要因となるからだ。これは長年にわたる取材経験からの直感に過ぎないが、その危険な兆候はすでに表れている。
ご存じのように農水省は昨年5月、「みどりの食料システム戦略」を打ち出した。2050年までに農林水産業で二酸化炭素(CO₂)のゼロエミッションを目指す構想だ。
その中で50年までに有機農業の取り組み面積を100万ヘクタール(耕地面積の25%)に増やす方針がある。25年までに全国の100市町村に「オーガニックビレッジ」をつくって有機農業を推進する計画も動き始めた。
有機農業の推進は有機農業の技術体系の広がりだと思ったら大間違いだ。有機農業はその本体に食品添加物や農薬、ゲノム編集などを敵視する思想や価値観を隠し持っている。
現に筆者の長年の記者経験から、有機農業の良さを語る人は、食品添加物や農薬、遺伝子組み換え作物、ゲノム編集食品に反対する運動を行ってきた。そして、有機農業推進派は大規模な農業よりも小規模な小農・家族農業を礼賛する。
これは空想でもなんでもなく、現に旧民主党政権時に農水相だった山田正彦氏らのネットワークが有機農業を礼賛する映画をつくって、農水省の種苗法改正や種子法廃止に反対したり、ゲノム編集食品の普及に猛反対するなど、果敢な行動を見せていることから分かる。断っておくが、山田氏個人が問題だと言っているのではない。思想とその影響力を論じているだけだ。
言い換えると、農水省が有機農業を推進すればするほど、その有機農業とセットになった思想や価値観が吹き荒れ、農水省の科学的な情報の伝達にマイナスになる場面が今後、増えてくるだろうというのが筆者の危惧する核心なのである。
「みどりの戦略」の浸透で国産有機サポーターズが各地に増えれば、「農薬や化学肥料を使う農業は悪で、有機農業は善」という思考や価値観が広まるだろう。有機農業は決して技術的な側面だけに注目してはいけない。その本質はむしろ思想にある。
学校給食のオーガニック化という動き
山田正彦氏らのネットワークは現在、学校給食をオーガニックにする運動に力を入れている。学校給食をオーガニックに変える活動を紹介する「オーガニック給食マップ」のウエブサイトを見ると山田氏をはじめ、立憲民主党の一部政治家、生協、農協、自治体などさまざまな団体や個人が賛同していることが分かる。このサイトには「オーガニック給食マップ事務局」が農水省にヒアリングした報告が掲載されている。
これを見ると農水省が学校給食の有機化にも取り組んでいくことがうかがえる。種苗法改正では「日本の種子が外資系企業に奪われる」や「農家に余計な負担がかかる」と農水省に猛反対していた市民グループが、学校給食の有機化では農水省と足並みをそろえるという奇妙で恐るべき構図が見えてくる。