ウクライナ戦争で地上通信インフラ機能を代替
ロシアによるウクライナ全面侵攻では、スターリンクが大きな注目を集めた。それはウクライナがスターリンクを導入するに至った「ナラティブ(物語)」の要素も大きい。
全面侵攻直後の2月26日、ウクライナのミハイロ・フェドロフ副首相兼デジタル変革相はツイッター上で、イーロン・マスク氏に「あなたが火星を植民地化しようとしている一方で、ロシアがウクライナを占領している!」と投稿し、ウクライナへのスターリンク・サービスの提供を要請した。その僅か10時間後、マスク氏は「スターリンク・サービスは現在、ウクライナで稼働中」と返信した。
ウクライナでは、ロシアの物理的攻撃やサイバー攻撃によって地上の通信インフラの一部が機能しなくなったが、スターリンクはこれを代替した。
通信が途絶えるということは情報の寸断であり、特に有事には死活的だ。ゼレンスキー大統領はWIRED誌の取材に対して、「(通信インフラが破壊され)占領されている都市から逃げ出してきた人々の話では、ロシア人たちはもうウクライナは存在しないと吹聴しており、その話を信じ始めている人さえいた」と語り、スターリンクを「とても、とても効果的」と評価する。
ウクライナでの戦争で再確認されたスターリンクの有効性は特に次の2点だろう。
第一に、各国当局の許認可やスペースX社の設定の問題を除けば、アンテナ等の地上端末(ターミナル)さえあれば、地球上のほとんどの地域・海域でインターネットに接続可能ということだ。たとえ戦場のような過酷な環境下、それも最前線でさえ利用可能である。
開戦以降、ウクライナは少なくとも2万以上の地上端末を受け取っている。ウクライナ軍事センターによれば、米国際開発庁(USAID)、ポーランド政府、その他欧州連合(EU)諸国、スペースX社・その他民間企業などが各5000個を提供しているという。
なお一般向けの地上端末は日本では7万3000円、工事は不要で簡単に使えるという声が多い。
さらに野心的な計画も進んでいる。スペースX社と米国の通信大手Tモバイル社は2022年8月、スマートフォンとスターリンクを直接つなぐ計画「Coverage Above and Beyond」を発表した。専用端末ではなく、一般的なスマートフォンからの接続を想定しているという。実現できれば、スマートフォンから「圏外」という概念がなくなる。
第二に、使い方によっては、「点」(個人)の接続ではなく、「面」(集団や地域)の接続を可能にすることだ。基地局やハブとなる設備をスターリンクに接続することで、同時接続数・回線速度等の限界はあるにせよ、一定の地域にインターネット接続を提供できることが実証されている。
ウクライナのフェドロフ副首相への日経BPのインタビューによれば、22年4月、キーウ攻防戦で被害を受けた首都近郊のイルピンやロマニフカ周辺で、ボーダフォン社のエンジニアがスターリンクに接続された基地局を開設し、住民に4G接続を提供した。衛星通信が移動体通信ネットワークをバックアップするのは前例がないようだ。