だが、もしスペースX社がスターリンクを台湾で提供、あるいは交渉を開始したら、中国政府はスペースX社の台湾事業とテスラ社の中国事業をリンクさせるだろう。中国のテスラ社員は不当に拘束されるかもしれないし、許認可が見直されるかもしれない。
両社の主要株主であるとともに、業務執行にも責任を負うマスク氏が、両社を完全に独立したものとして判断するとは思えない。テスラの売上高(21年)は中国市場で138億米ドルに達し、当然ながら中国市場や当局を無視できない。
事実、マスク氏はフィナンシャル・タイムズ紙(10月7日)に中国政府が中国内でスターリンクを販売しないように確約を求めきた、と語った。中国当局が求めた内容の詳細は分からないが、恐らく二重の意味がある。
一つは、最近、スペースXがイランでスターリンク・サービスを開始したことを念頭に、同じことを中国本土でやるな、という意味であり、もう一つは、(北京からすれば)中国の一部である台湾でサービスを提供するなという二重の意味だ。前者は国内の言論統制、後者は相手方の発信・指揮命令の妨害が狙いだろう。
マスク氏が中国の要求にどう答えたかは明らかにされていない。ただし、マスク氏が同じインタビューの中で、台湾の「特別行政区」化を提案したことは注目に値する。当然、中国側からは賛同と謝意が、台湾側からは批判と怒りが巻き起こった。
もちろんスペースX社以外にも、衛星コンステレーションによる通信サービスを提供する(予定の)会社はいくつかある。例えば、OneWeb社や「カイパー計画」を掲げるAmazon社だ。こうした会社も台湾で事業を展開する場合、中国政府からのプレッシャーを受けるかもしれない。
通信インフラへの政治的影響に留意を
こうした政治リスクを考慮しても、スターリンクが有事や災害時も含めた選択肢の一つになるのは間違いない。今後、災害対応や非常事態時対応の一環でスターリンクを導入する企業や国は増えるだろう。
ただし大前提として、非常用通信手段や通信インフラは冗長化・複線化が鉄則であり、(可能な限り)多くの手段やインフラをバックアップする必要がある。
国家であれ、企業であれ、個人であれ、平時および有事における非常用通信手段とインフラをどこまで整備するかは、リスク評価と投資判断に基づく。その際、通信サービスのスペック、使いやすさ、コスト、持続性のみならず、提供する事業者の内部統制やガバナナンス、パーパス(存在意義)にも注目する必要がある。有事における利用を想定するのであれば、サービス提供者の政治リスクは無視できない。
通信は死活的に重要だ。だからこそ、政治の影響を受けやすい、という点に留意すべきだ。
いまやすべての人間と国家が、サイバー攻撃の対象となっている。国境のないネット空間で、日々ハッカーたちが蠢き、さまざまな手で忍び寄る。その背後には誰がいるのか。彼らの狙いは何か。その影響はどこまで拡がるのか─。われわれが日々使うデバイスから、企業の情報・技術管理、そして国家の安全保障へ。すべてが繋がる便利な時代に、国を揺るがす脅威もまた、すべてに繋がっている。
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