2024年7月16日(火)

デジタル時代の経営・安全保障学

2022年10月19日

 スペースXの日本国内パートナーであるKDDIも同様の利用を想定している。仮に、自然災害等で携帯電話の基地局間をつなぐネットワークが寸断されても、孤立した基地局をスターリンクに接続することで、基幹網と繋げることができる。

スターリンクの政治リスク

 スターリンクが未曾有の危機に活躍したことは歴史に記録されるだろう。だが、最近ではウクライナでのサービス提供が危ぶまれる状況もあった。

 マスク氏は10月4日、独自のウクライナ-ロシア「和平案」を提示し、ゼレンスキー大統領らの反発を招いた。控えめに言って、ロシアによる現状変更を追認するような「和平案」だ。

 マスク氏の私案が物議をかもす中、マスク氏は、スペースXが既に手弁当で8000万米ドルの支出があり、22年内に1億米ドルを超えるとツイートした。「8000万米ドル」の内訳、つまり端末費用、メンテナンス、サポートの費用などがどこまで含まれるのかは不明だが、スペースX社が相当なコストを支払い続けていることは間違いない。

 とうとうマスク氏は10月15日、「スペースXは過去の費用回収を求めている訳ではないが、既存のシステムを永続的に提供することはできず、一般家庭用の100倍のデータ使用量である数千台の端末を送ることもできない。これは非合理的だ」と述べた。しかし、その後、米国防総省に支援や負担を求める交渉もあってか、本稿執筆時点でマスク氏はウクライナでのサービス継続の意向を示している。

 確かに、マスク氏の主張は合理的であるし、無償でサービスを提供し続けることはできない。とはいえ、何が理由であれスターリンク・サービスの提供状況はウクライナでの戦争に影響を与える。そもそも衛星通信事業自体が極めて公共性の高い分野であり、ましてやウクライナ防衛に不可欠なインフラとなっている以上、数十ワードのツイートや経済合理性のみで方針転換が受け入れられるものではないだろう。

 マスク氏が優秀な経営者であり投資家であることは疑いようがないが、良くも悪くも政治的態度を鮮明にし、発信し続けている。前述の「8000万米ドル」に関するツイートにも、クリミア奪還に否定的な言及や核戦争のリスクへの懸念が付言された。

より複雑な台湾での事業環境

 マスク氏の立場とビジネスは、東欧よりも東アジアでの方がより複雑だ。

 台湾のデジタル担当大臣オードリー・タン氏はワシントン・ポスト紙(10月6日)の取材に対して、「激しい軍事攻撃」や自然災害による海底ケーブルの障害に備えて、バックアップとなる衛星通信ネットワークを構築する計画を語った。「適格なサービス・プロバイダ」との協議は常に開かれているという。

 台湾がこうした構想を進める背景には、ウクライナ戦争の状況に加えて、台湾独特の通信インフラ環境がある。四方を海に囲まれた台湾の国際通信の99%は海底ケーブルを経由する。そして海底ケーブルの陸揚げ拠点は台湾内の4カ所(新北市淡水、同市八里、宜蘭県頭城鎮、屏東県枋山)に集中している。

 仮に台湾有事でこの4カ所が物理的な被害を受ければ、台湾の国際的な発信能力は大きく削がれる。タン大臣が「激しい軍事攻撃」と指摘したのはこうした懸念からだろう。

 ウクライナ戦争と台湾有事は状況が異なるため、安易に教訓を引き出すことは難しい。それでも、ゼレンスキー大統領の発信力やウクライナ市民の投稿が与えた影響、その前提となるネットワークインフラの強靭性は重要な教訓だ。


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