スペインで起きた「頭脳の流出」
海外に出稼ぎに行く日本人は、今後も増え続けることが予想される。実際に出稼ぎに行った日本人の数は不明だが、外務省によると、海外在留邦人数は、パンデミック前の19年に史上最多の141万人に達したようだ。
日本国外で就職したり、短期労働したりすることは、生活の安定にはつながる可能性はある。加えて、日本という国を知る上でも、貴重な体験になるはずだ。もちろん、滞在許可や就労ビザの取得は、想像以上に時間を要し、簡単ではないだろう。
現地の言葉を覚えたり、他文化に触れたりすることで、異なる生き方や価値観を身につけることもできるだろう。精神面での苦労こそあれ、学びが多いことは間違いない。だが、別の見方をすれば、このままでは日本が衰弱するという危機感が芽生えてくる。
しかし、都内の商社に勤務する男性(42歳)は、「海外に出ている人は、実際にはそこまで多くないのでは」と首を傾げながら、こうも語った。
「スポーツ選手やユーチューバーのように、海外でも稼げるのであれば、それもひとつの生き方だと思います。今は昔と違って、国外でも働ける時代になった。生活が苦しい人にとっては、日本経済がどうこうという話ではない。外国で収入が増えて安定するならば、それを優先すればいいのではないでしょうか」
実は、現在の日本と似たような状況が、リーマン・ショック前年の07年から17年まで、スペインやイタリアで起きていた。史上稀に見る南欧の経済危機で、スペインでは若年層失業率が55%台まで上昇した。当時、国外への「頭脳の流出」が社会問題となっていた。
大学や大学院を卒業したスペイン人約8万7000人、同イタリア人約13万3000人が、賃金の高いドイツの首都ベルリンや英国の首都ロンドンへ出稼ぎに行った。大手自動車メーカーBMWやメルセデスベンツに勤務できた即戦力もいれば、学んだ分野とは無関係なウェイターやベビーシッターとして働く大卒者も溢れていた。
経済危機は、14年に去った。後に、スペインに戻った出稼ぎ労働者は、何を感じたのか。運送会社に勤務するフェルナンド・カサノバさん(41歳)は、ロンドンでの出稼ぎを経験し、一度は母国に戻った。しかし、変わらぬ賃金の低さと社風に愕然とし、再び英国に向かった。
「私の経験上、会社の上司たちの待遇が良く、人として丁寧に扱ってくれる。評価と昇進のスピードも早く、賃金上昇率もスペインでは考えられない高さだった」
この状況は、日本の将来を映し出す鏡にも見える。デフレ経済から抜け出せず、賃金が一向に上がらなかった20年間のツケが回ってきた。日本人は、当時のスペイン人のように、より良い給料と環境を求め、国外に出る。
しかし、彼らが日本に戻ってくる時、生活水準や賃金レベルは改善されているのだろうか。労働者にとって、魅力のある国にならなければ、人々は国外に留まり、そこに永住する選択肢を取るだろう。それを防ぐためにも、日本はまず、賃金アップを最優先課題にするべきだ。さもなければ、日本経済の未来に発展はないかもしれない。
バブル崩壊以降、日本の物価と賃金は低迷し続けている。 この間、企業は〝安値競争〟を繰り広げ、「良いものを安く売る」努力に傾倒した。 しかし、安易な価格競争は誰も幸せにしない。価値あるものには適正な値決めが必要だ。 お茶の間にも浸透した〝安いニッポン〟──。脱却のヒントを〝価値を生み出す現場〟から探ろう。
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