現場でベントの準備は進めていた。しかし、ベントの弁を開ける場所まで所員が近づくと線量計が振り切れて、生命の危機に陥る寸前の数値だった。
吉田所長の調書は語る。
「現場と離れている本店と認識の差が歴然とできてしまった。一番遠いのが官邸ですね」
原子力規制委員会の前委員長である、更田豊志参事は次のように指摘する。
「福島第1原子力発電所事故のときに(国が)介入した結果、混乱を招いた。現場を最も知る事業者が責任をもって対処に当たるというのが基本原則ですから。原則は、国は介入しないと。これは今も(各地の原発事故を想定した)訓練等の場でも認識されています」
新たに分かった3号機事故の〝実態〟
メルトダウンシリーズFile.8後編の白眉は、3号機の事故の規模が実際は大きかった事実とその原因の究明である。それは、原子力発電所の〝最後の砦〟である格納容器を守れるかどうかの攻防である。
燃料棒や機材などが解け落ちて原子炉の底に溜まった「デブリ」の堆積状態をみると、2018年の調査によると、2号機が約70センチなのに対して、3号機は約3メートルもある。2号機が天祐によって格納機の爆発が避けられたとはいえ、デブリの状況を見る限りは、2号機よりも3号機の事故状況のほうが激しかったように推定される。
原発の設計の専門家で元東芝の技師長である、宮野廣氏は2号機の原子炉内部の映像をみて、次のような驚嘆の声を上げる。
「こういうところに構造物が残っている。溶けずに残っているというのはすごい驚きです。(高温であれば)長い時間おいておくと金属はみな溶けちゃいますから。(原子)炉内にあるものがそんなにないので多分損害もそれほどひどくなかったんだと思います」
3号機をめぐって、原子炉内の堆積物が多い、つまり被害の程度が高かったと推定される根拠について、世界の原子力学者が唱えている説は「水ジルコニウム反応」が水の量が少ないと加速される、というものである。
「水ジルコニウム反応」とは、核燃料棒を覆っているジルコニウムが事故によって高熱になると、水と反応して水素を発生させる現象である。1Fの建屋が水素爆発したのは、その結果である。水の注入とそのタイミング次第で、「水ジルコニウム反応」が加速する。
ドイツのカールスルーエ工科大学のマーケティン・シュテインブルク博士はいう。
「冷却のために水の供給が少ないと逆効果になってしまいます。つまり温度をさらに上昇させてしまうことになるのです。核燃料が出す熱にこの効果が加わり、もはや太刀打ちできなくなります」
3号機の事故対応はどうだったのか。
前日夜から、高圧冷水ポンプ(HPCI)からの水の流量が約75%になった。翌日になって長時間の利用は不安定になった。運転員は、消防車からの注水に切り替えようと、HPCIを停止した。
専門家たちの議論の結果はこうだ。実際に注水作業が開始された約6時間前から注水すればメルトダウンが避けられた可能性もある、との見方が大勢だった。ただし、当時のさまざまな制約が壁となって立ちはだかっていたことにも、客観的な判断をしている。
3号機の事故対応に戻ろう。取材班は「原子炉の冷却と格納容器を冷やす作業の意思決定に問題があった」と、強調する。これまで、この問題はさまざまな検証委員会で取り上げてこなかった。
格納容器を冷やす「ドライウェルスプレイ」作業が始まった。ドライスプレイとは、格納機を冷やすために霧のように水を降らすことである。
しかし、ドライウェルスプレイ開始後の約20分後。東京本社から1Fに連絡が入る。
「いま本省(国)からなんですけども、なるべくね、早いうちにベントを始めて水素とかそういったものを蓄積させたいから。どっちかというと早くラプチャー(ディスク)を吹かしたいと思っているんだけど」
ラプチャ―ディスクとは、通常時に格納容器から放射性物質がでないようにする装置である。約5気圧を超えると破れる。
ドライウェルスプレイによる冷却によって、炉内は5気圧以下になった。ベントをするには、このラプチャーディスクを壊す、つまりドライウェルスプレイの作業を停止するしかない。1F側は東京本店と本省(経済産業省)の意向を受けて、結局ドライウェルスプレイを中止した。