2024年4月24日(水)

Wedge SPECIAL REPORT

2023年5月24日

 40年近くにわたって立木価格が低下しているのは、国の政策と無関係ではないはずです。特に、2000年代に入り、森林が二酸化炭素(CO2)吸収源として位置付けられたことで間伐が加速しました。林野庁も『間伐は環境保全』であり『間伐材を使うことで森林が救われる』とのロジックで間伐=善という機運が広まりました。市場では需要が低下する中、丸太の供給過多が続き丸太価格は安値で安定し、一方で立木価格は大きく低下したのです。つまり、補助金林政が立木価格を押し下げている面もあるのです」

 それでも森林所有者が立木を売るのはなぜなのか。速水さんは言う。

日光が差し込んだ時には葉が明るく輝いていた。木の香りが漂い、小鳥のさえずりが聞こえる林道を歩く時間は〝非日常〟に感じられた

「『安くても売れるうちに売ってしまえ』『もう植えなければいい』という発想なのでしょうね。大事なのは時間軸の違いを理解すること。一般的な経営者であればいかにその時々の利益を最大化するかが問われますが、森林経営には、それに加えて森林の社会的意義と機能を守ること、つまり、いかに『持続』させるかが求められます。

 今伐れる状態の木は現在の所有者の親や祖父母世代が植えた将来世代への〝投資〟です。今まさにわれわれは日本の森林資源が『持続』できるかどうかの瀬戸際に立たされています。補助金の変化でしか変われない林業から脱却すべきです。その意味で、過去の林政の検証は絶対に必要だと思います」

 日本の林業・林政の変遷を最前線で見てきた速水さんの言葉は重い。ただ、速水さんは悲観ばかりしていない。「森林を『アセット(資源)』として捉え、その価値を適切に評価し、森林全体の価値を高めるマネジメントができる人材を日本でも育てたい。私も70歳を迎えたので、最後の仕事としてこうしたアセットマネージャーの育成に注力したいと考えています。日本の林業を持続可能なものにしたい。木材生産と自然との共生こそがこれからの日本の林業には絶対に必要なのですから」。

「林業」とは木の時間と
人の時間をつなぐ生業

<上>経験値と科学的視点を融合させながら森林経営をする速水亨さん <下>240種類を超える豊かな植生を誇る大田賀山林

 冒頭の速水さんと記者とのやりとりには続きがある。速水さんはこう付け加えたのだった。

「理想の森林にするために、200年生、300年生、400年生と樹齢の異なる木を育てる作業もしています。夢物語のように感じるかもしれないけれど、誰かが始めなければ何も生まれないし、いずれなくなってしまう。

 自分が植えた木を生きている間に伐って利用することはできない。林業とはそんな生業です。誰が管理し、どう利用されるかも分からない数十年、数百年先の『理想の森林』を思い描き、そこに向かって今できる限りのことを真面目にやる。そこに人間の知見や想像力が生きてくるんです。林業には木の時間と人の時間を〝つなぐ〟役割があります。それが面白くなければ、林業は面白くないですよ」

写真=さとうわたる( WATARU SATO)

   
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Wedge 2023年6月号より
瀕死の林業
瀕死の林業

「花粉症は多くの国民を悩ませ続けている社会問題(中略)国民に解決に向けた道筋を示したい」

 岸田文雄首相は4月14日に行われた第1回花粉症に関する関係閣僚会議に出席し、こう述べた。スギの伐採加速化も掲げられ、安堵した読者もいたかもしれない。

 だが、日本の林業(林政)はこうした政治発言に左右されてきた歴史と言っても過言ではない。

 国は今、こう考えているようだ。

〈戦後に植林されたスギやヒノキの人工林は伐り時を迎えている。森林資源を活用すれば、林業は成長産業となり、その結果、森林の公益的機能も維持される〉

「林業の成長産業化」路線である。カーボンニュートラルの潮流がこれに拍車をかける。木材利用が推奨され、次々に高層木造建築の施工計画が立ち上がり、木材生産量や自給率など、統計上の数字は年々上昇・改善しているといえる。

 だが、現場の捉え方は全く違う。

 国が金科玉条のごとく「林業の成長産業化」路線を掲げた結果、市場では供給過多の状況が続き、木材価格の低下に歯止めがかからないからだ。その結果、森林所有者である山元には利益が還元されず、伐採跡地の再造林は3割しか進んでいない。今まさに、日本の林業は“瀕死”の状況にある。

 これらを生み出している要因の一つとして、さまざまな形で支給される総額3000億円近くの補助金の活用方法についても今後再検討が必要だろう。補助金獲得が目的化するというモラルハザードが起こりやすいからだ。

 さらに日本は、目先の「成長」を追い求めすぎるあまり、「持続可能な森林管理」の観点からも、世界的な潮流に逆行していると言わざるを得ない。まさに「木を見て森を見ず」の林政ではないか。

 一方で、希望もある。現場を歩くと、森林所有者や森林組合、製材加工業者など、“現場発”の新たな取り組みを始める頼もしい改革者たちの存在があるからだ。

 瀕死の林業、再生へ─。その処方箋を示そう。


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