「この発電所で実施する実証試験は、日本のみならず、アジアなど電力の安定供給のために石炭火力発電を必要とする国や地域が、脱炭素社会へと移行するための〝試金石〟となるはずだ」
JERAが運営する碧南火力発電所(愛知県碧南市)の谷川勝哉所長はこう語気を強める。総出力410万キロワット、敷地面積208万平方㍍を誇る同発電所は、自動車・航空宇宙産業などが集積する愛知県全体で使用する年間電力量の〝約半分〟を供給する国内最大、世界でも最大級の石炭火力発電所だ。
今なお日本全体の発電割合の3割を占める一方で、天然ガスの約2倍の二酸化炭素(CO2)を排出する石炭火力。この発電方式と資源を巡っては、欧州各国は廃止を、インドや東南アジアは継続を主張するが、日本は世界初の試みを通じて「石炭火力のCO2排出を段階的に削減していく」という第3のアプローチを模索する。安定供給の〝火〟を絶やさずに、脱炭素社会への現実的な道筋を世界に示すことができるか─。
石炭火力の分野には今、世界的な〝逆風〟が吹き荒れている。2050年カーボンニュートラルへのリミットが近づくにつれ、先進国を中心に石炭火力と〝袂を分かつ〟政治判断が下される。フランスは22年、イタリアは25年、ドイツは30年までに石炭火力の「全廃」を宣言し、その他の欧州連合(EU)加盟国も概ね30年までの脱却を目指す。フランス在住で、欧州のエネルギー事情に詳しい新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の今里和之欧州事務所長は「ウクライナ侵攻による燃料不足から欧州でも化石燃料への一時的な回帰が見られたが、それでもなお、石炭火力への各国の拒否反応は根強い」と、現地の温度感を述べる。また、日本のある電力事業者は「石炭火力というだけで、新規案件は国内外から融資が集まりにくく、年々、資金調達が難しくなっている」と足元の実情を吐露する。
一方で、「今後の経済発展により電力消費が飛躍的に伸びるインドや東南アジアのような地域では、当分、石炭火力を手放せないだろう」と話すのは、日本エネルギー経済研究所の坂本敏幸理事だ。化石燃料の中でも、石炭は世界中に広く埋蔵し採掘コストも安価なことから、特に途上国において、欠かすことができない重要資源だという。
東南アジア各国の電源計画によれば、インドネシアは石炭火力の設備容量を21年の42ギガワット(GW)から30年には60GWまで、ベトナムは20年の21GWから30年には30GWまで伸ばす予定であり、今から建設が始まる発電所も多い。
「だが、途上国もカーボンニュートラル達成への取り組みを始めている。インドネシアは60年に温室効果ガスの排出を実質ゼロとする目標を掲げ、インドも長期戦略の中で再生可能エネルギー由来のグリーンアンモニアを石炭火力に混焼させる計画を立てる。今後、世界的な脱炭素技術の確立とコスト低下の状況をシビアに見定めながら、フレキシブルに導入していくだろう」(坂本理事)
石炭火力を取り巻く状況が国や地域で異なる中で、今、日本発の取り組みとして各国から注目されるのが、石炭火力のCO2排出ゼロを目指す「ゼロエミッション技術」だ。