2024年7月16日(火)

ニュースから学ぶ「交渉力」

2023年10月14日

 いずれにせよ、集団極性化によって引き起こされる事態は、集団が冷静さを欠いた結果であり、大きな危険性や問題をはらんでいることは間違いない。それでは、組織が正しい方向に向かうためにはどうすればよいのだろうか。

詭弁と強弁を知る

 ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど、古代ギリシャ時代には多くの有名な哲学者が生まれた。彼らの研究分野はさまざまあったようであるが、その一つに「修辞学」と呼ばれる学問もあった。

 英語では「rhetoric(レトリック)」と表されるが、レトリックという言葉に良い印象を持たない人も多い。小手先の言葉を操り巧みに人を丸め込む、という意味で使われることがあるためだ。

 しかし、本来の修辞学(レトリック)は、法廷での弁論、すなわち誰かを説得するための技術として誕生した学問とされている。そして、レトリックを教える家庭教師はソフィスト(sophist)と呼ばれるようになり、中でも、真理を追究し、解明しようと力を尽くす立派な人々は、哲学者(philosopher)と呼ばれるようになったと考えられている。なお、学問の最高水準を示す学位である博士号は、真理追究を極めたという意味で”Doctor of Philosophy (Ph.D.)”と表されるようになって現在に至る。

 一方で、相手を論破すべく巧みに言いくるめようとするソフィストたちも現れ、彼らは詭弁を弄するsophist(詭弁家)と呼ばれ、彼らの吐く言葉はsophistry(詭弁)と言われるようになった。

 前置きが長くなったが、冷静さを保つうえで重要なのは、相手の詭弁を見抜こうと立ち止まって考える思考力である。たとえば、「今回の増税に反対の人は、ぜひわが党に一票を」といった訴えを聞いたことがあるだろう。その内容の良し悪しは時と場合で異なるはずだが、増税=悪という極端なイメージを前面に打ち出すことで、本当に必要な増税なのかどうかという本来スポットを当てるべき中核の議論に至らないまま、深く考えずに決断をさせる効果を生み出す。交渉学ではこれを二分法の罠と呼ぶが、こういった熟考のない即断は集団極性化と相性がよい。

 また、「何を言っているんだ、もっとよく考えて発言しろ」などといった高圧的な物言いは「強弁」と呼ばれ、地位や権力を背景に、論理的な根拠を示すことなく強引な言い方で自分の意見を押し通す手法である。言われた側は思わずひるんでしまったり、相手の機嫌を損ねたくないという焦りから、すぐに同意や譲歩をしてしまうケースが多い。

 このような詭弁・強弁に共通する重要なポイントは、聞き手の思考を停止させる技術であるということだ。このような技法があることを予め想定に入れて会議や交渉の場に臨めば、相手が強い態度に出てきた際にも慌てずに、本来議論すべき中核の論点に思考を立ち戻らせる冷静さを取り戻すことができるだろう。

冷静さを保つ手法「人と問題の分離」

 繰り返しになるが、大事なのは、相手の発言を受けてすぐに反応してはいけないということだ。とは言っても、人間は感情の生き物であり、自分の考えと相いれない発言を受けると、自分自身を否定された気分になって、ついいら立ってしまうことが多い。ただ、本来、対立しているのは問題であって人間同士ではない。

 そこで筆者は、対話する際には常に、自分と相手を一段高いところから俯瞰する気持ちを持つように説き、意見が対立した際には、相手に「もう少し詳しく説明していただけませんか」という一言を投げかけて、本質を洗い出すことを推奨している。


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