物事を俯瞰できた見事な成功例として、歴史上最高のネゴシエーターと呼ばれる米国のヘンリー・キッシンジャー元国務長官による、アフリカのローデシア(現在のジンバブエ)との交渉が挙げられる。
黒人を受け入れることを拒んでいたローデシアの白人政権の首相に対して、米国単独で圧力をかけるのではなく、ズームアウトして国際情勢を俯瞰し、周辺のアフリカ諸国、そして旧宗主国である英国といった利害関係者を巻き込んでローデシアにアプローチをかけた。孤立していることを自覚させた結果、不可能だと思われていた黒人の参加を受け入れさせることに成功した。(詳細はジェームズ・K・セベニウスほか『キッシンジャー超交渉術』(日経BP社、2019年))
このような史実も示すように、感情のぶつかり合いでは決して議論をよい方向には導けない。関係者が納得できるwin-winの道を模索するべく、お互いが問題解決に向け協働して取り組むパートナーであるという信頼関係構築に努めなければならない。そのためには、対立の根幹となる問題そのものに焦点を当てて話し合う必要がある。
具体的な手法としては、向かい合って座るのではなく、ホワイトボードなどに向かって同じ方向を向いて座り、問題を書き出し、視点をそちらに向けるといった物理的な工夫も、人と問題を分離した議論を行う際に非常に効果的である。
個の力を信じる
冒頭に触れた森林監督をはじめ、野球の日本代表「侍ジャパン」をワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝に導いた栗山英樹監督、パリオリンピック出場を決めた男子バスケットボール日本代表を率いるトム・ホーバスヘッドコーチ(HC)ら、近年のスポーツ界では、個を尊重する組織の成功が目覚ましい。まさに、大局的な観点から、自分も含めた全体を常に冷静に見つめ、信頼関係を基盤とした組織づくりに腐心するリーダーこそが、一人ひとりの能力を引き出し、組織の推進力を最大にする真のリーダーシップの持ち主であることを示していると言えよう。
ビジネスや政治、家庭、学校などあらゆる組織においても、同様のリーダーシップを発揮する人材が多く生まれ、新たな時代を切り拓いてほしいと切に願う。筆者自身も微力ながらリーダーシップ教育のさらなる普及にまい進していきたいと改めて心に刻んだ。
磯崎三喜年「集団極性化とその説明理論について」愛知教育大学研究報告教育科学31号(1982年)181頁
村越行雄「レトリックの定義と分類 その混乱と曖昧性」コミュニケーション文化(跡見学園女子大学)10号(2016年)73-84頁
Jeroen Lauwers 「Philosophy, Rhetoric, and Sophistry in the High Roman Empire: Maximus of Tyre and Twelve Other Intellectuals」(Brill Academic Pub、2015年)
野崎昭弘「詭弁論理学〔改版〕」(中央公論新社、2017年)