2024年11月21日(木)

Wedge2023年11月号特集(日本の教育が危ない)

2023年10月20日

世界と比べると高い
首都圏の中学受験率

 2023年春、首都圏の私立・国立中学受験者数は過去最多の5万2600人となり、受験率も過去最高の17・86%に達した。この数字そのものは決して高くないのではないかと感じる読者がいるかもしれない。だが、英国と米国の私立学校は概ね10%以下である。しかも、これら私立学校のほとんどは入学試験を実施していない。フィンランドの私立学校の比率は先述の通り、もっと低い2%未満である。

 こうして比較すると、17.86%は想像以上に高いということが分かる。埼玉県のある地域の公立小学校の先生たちと座談会を開き、私立中学校に進学する子どもたちの比率を聞いたところ、驚くことに「80%」だと答え、先生たちはため息をついていた。これらのデータは、日本の「公教育」が目に見えない形で崩壊しつつあることを示しているといえるのではないだろうか。

 子どもも親も疲れ果てながら、学習塾に高い月謝を払い続けている。もちろん、私は学習塾の存在自体を否定しているわけではない。教育の「結果」にそれだけの価値があるのであれば、理にかなっているのだろうが、日本の現状はどうであろうか。

 東京大学の鈴木寛教授は、経済協力開発機構(OECD)における生徒の学習到達度調査(PISA)で日本は15歳時点では世界でもトップクラスだが、22~23歳層になると「論理的に書く能力」「他人に分かりやすく話す能力」「外国語を話す能力」の3分野について、多くの学生が苦手意識を持っていることに注目している。

 これらは、グローバル化された環境において最も重要なコア・コンピタンス(核となる能力)である。これらの能力が15歳から23歳にかけて低下していくのは、おそらくこの7~8年間が問題ではなく、15歳の時点で良い成績をあげるために、大量の学習と課題、暗記に取り組み、多大な時間を費やしてしまったがゆえに、結局は3分野を伸ばす能力を損なってしまったということなのではないか。しかも、ほとんどの試験は選択問題であり、論理的な記述はない。英会話も重視されない。人とおしゃべりしていてはテストに合格できない。

 今年6月、私は『Education and the Commercial Mindset』の著者で、フィンランドのサミュエル・E・アブラムス教授と対談する機会があった。同氏は、「私立学校の広告は、スポーツで興奮剤の広告を出すようなものだ」と述べた。民主主義国の政府はタバコの広告もドーピングも規制している。しかし、私立学校に入学するためには興奮剤が必要だ。競争には全員が参加し、隣人よりも上位に行こうとする。興奮剤の使用は合法かつ合理的であり、競争に勝つかは興奮剤の使用次第なのだ。

 もちろん、私立学校すべてを否定するものではないが、小学4年生頃から高校卒業まで延々と塾通いを続けて果たして優秀になったのだろうか。より、革新的になったのだろうか。日本は、国として強くなったのだろうか──。

 残念ながら、日本の現状を見る限り、私にはそう思えない。「果てしなく続く塾通い」は一体何のためなのだろうか。「良い」大学に入学するには、「良い」高校に入学しなければならず、そのためには「良い」中学校に入学しなければならない。また、「良い」中学校に入学するためには、小学4年生頃から受験の準備を始める必要があり、「良い」学習塾に入らなければならない。「良い」学習塾に入るためには小学2年生頃から別の塾に通わなければならない……。これでは、受験勉強のために子ども時代の全てを捧げ、基礎教育の全体で無理やり勉強を続けさせていることと同じではないか。

何のための塾通いか。大人がそれを理解する必要がある(COPYRIGHT CREZALYN NERONA URATSUJI/GETTYIMAGES)

 良い教育システムとは「入るのは容易で、出るのは難しい」システムであるべきだ。AIの技術が発展し、あらゆる学習知識が利用可能になれば、教員不足もテクノロジーによって緩和できる。日本もこの点においては、しっかりとした基盤ができている。


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