2024年7月16日(火)

INTELLIGENCE MIND

2023年10月28日

 他方、日本海軍内では敗因についての検討が行われたが、驚くべきことに暗号が解読されたことにはほとんど注意が払われていない。このような日本海軍のセキュリティー意識の低さは、その後も山本五十六連合艦隊司令長官搭乗機撃墜事件(海軍甲事件)や、日本海軍の暗号書が米軍に鹵獲された海軍乙事件、といった不祥事の原因にもなっていく。

日本は資源を割かず
未完の体制は現代にも

 このように開戦までは高い暗号解読能力と強固な暗号を誇った日本陸海軍であったが、戦争中になると連合国に後れを取るケースが目立ち始める。最も強固だとされた陸軍の作戦暗号についても、43年4月以降、徐々に解読されるようになる。その理由は、日本軍の上層部が暗号の重要性を認識せず、そこに予算や人員をあまり投入しなかったことが大きいだろう。暗号書の変更も定期的に行われなければならなかったが、広大な戦域の隅々までそれを配布するには膨大な労力が必要となるので、古い暗号をそのまま使い続けた結果、米側に解読されている。

 開戦当初、日米英の暗号解読組織の規模はそれほど変わらなかったが、米英は戦争中に暗号解読の重要性を認識し、そこに資源を積極的に投入することになる。その結果、終戦までに米国の暗号解読組織は2万人近く、英国も1万人近くに膨れ上がったが、日本の組織は戦前からそれほど拡大せず、陸海軍合わせても数千人の規模にとどまったのである。

 さらに米英は女性を含む、民間人を暗号解読官として採用していた。ライザ・マンディの『コード・ガールズ』(みすず書房)によると、米軍の暗号解読組織は大学出身の女性を活用していた。日本の各種暗号を解読できたのは、実はこれら女性の暗号解読官の能力によるところが大きい。ミッドウェーで日本海軍の作戦暗号を解読したジョセフ・ロシュフォート海軍中佐も、かつてアグネス・ドリスコールという女性解読官に教えを受けていた。

 42年に米国政府が女性の軍隊への参加を公式に認めると、最終的に7000人もの女性が軍の暗号解読に従事することになった。規模では劣るものの、英国の暗号解読組織においても同様に女性が活躍していたことが知られている。それに対して日本陸海軍では、女性どころか、数学者や言語学者など、外部の有識者が暗号解読に関わることすら検討されなかった。日本側に欠けていたのは、暗号戦への理解と、運用の柔軟性だったといえる。

 ただこの話は過去のものではない。暗号戦をサイバー・セキュリティーに置き換えると、日本は今も同種の問題を抱えていることが見えてくる。現在、自衛隊のサイバー防衛隊は600人規模だが、これは米軍のサイバー軍の6200人、中国人民解放軍のサイバー部隊の3万人と比べるといかにも少ない。現代においてもなお、日本の政治家や官僚の間ではサイバー・セキュリティーの重要性が十分に認識されていないのではないだろうか。

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Wedge 2023年11月号より
日本の教育が危ない 子どもたちに「問い」を立てる力を
日本の教育が危ない 子どもたちに「問い」を立てる力を

明治国家の誕生以来、知識詰め込み型の画一的な教育が行われ、日本社会には〝正解主義〟が蔓延するようになった。時を経て、令和の日本は、数々の前例のない課題に直面し、従来の延長線上に「正解(アンサー)」が見出しにくく、「自らが『問い』を立て、解決する力(ソリューション)」が求められる時代になっている。一方、現代を生きる子どもたちの状況はどうか。学校教育は「質の低下」が取り沙汰され、子どもたちは外遊びよりも、塾通い、宿題に次ぐ宿題で、〝すき間〟時間がない。本当に、このままでいいのだろうか。複雑化する社会の中で日本の教育が向かうべき方向を提示する。


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