2024年5月17日(金)

家庭医の日常

2023年12月28日

痛風でも、生活や仕事を尊重

 痛風のマネジメントは、急性期の疼痛の治療、その後の再発予防のための尿酸降下療法、そして危険因子の軽減のための生活習慣改善から構成されている。すべての局面で、家庭医は、出来るだけの情報提供をして、患者の意向と家族・地域の実情に即してマネジメントのオプションを提案して相談し、現実的に進めていくことを心がけている。

 急性期に関節炎の疼痛を抑えるには、非ステロイド性抗炎症薬(英語のnon-steroidal anti-inflammatory drugsからNSAIDsと呼ばれる)、副腎皮質ステロイド、そして古くから痛風発作の特効薬として使われてきたコルヒチン(低用量)を用いる。

 これら3種の薬は、痛みを抑える効果についてはほとんど同等である一方、それぞれに厄介な副作用もあるし、患者が他に合併症をもっていたら使いにくい場合も多いので、どの薬を使うかの選択はなかなか困難になる。残念ながら、どれかが他より優れていることを示した質の高い臨床研究のエビデンスは見出せないし、国内外の診療ガイドライン(例えば、日本痛風・核酸代謝学会英国NICE米国AHRQ)を参照しても明らかではない。

 こうした場合は、患者に正直に事情を話して、どれかを選択して治療を開始した上で、効果と副作用に注意しながらケアを進めていくことになる。

 結局、K.H.さんと私は、その時はNSAIDsを選択した。K.H.さんの痛風の痛みがなくなってからは、彼の「コーヒー豆の焙煎や抽出のために五感を大事にしたいので余計な薬は飲みたくない」という意向を尊重し、私は薬を処方せずに彼の生活習慣改善の支援に努めてきた。

 この5年間、K.H.さんに痛風発作の再発はなく、腎機能も血清尿酸値も血圧も正常範囲である。直火式コーヒー焙煎機の横で、回転ドラム内で煎られる豆の音と色と香りの微妙な変化に神経を研ぎ澄まして火加減を調節する「職人気質」のK.H.さんの人生に、多少なりとも役に立てたことを家庭医として嬉しく思っている。

  今年最後の受診の終わりに、K.H.さんと私はこんな会話をした。

 「ボブ・ディランが好きで、店でもよくかけてるんですけど、あの『風に吹かれて(Blowin’ In The Wind)』の『風』は、もしかしたら『風邪(ふうじゃ)』じゃないのかなって思うことがあるんです。歌全体のメッセージがまったく変わってきますよね。『答えは風に舞っている』じゃなくて『答えは邪気に弄ばれている』だと」

 「なるほど。K.H.さん、面白いところに気づきましたね。確かにここ何年かの世相は、世界が何か邪悪なものに弄ばれている感じがありますね」

 「どうしたらいいんでしょう」

 「チェン・ウェイ・シュイ・バ、ウォ・ドゥ・ペン・ヨウ・メン」

 「え、先生、急にどうしたんですか」

 「『友よ、水になれ(成為水吧、我的朋友們)』。『燃えよドラゴン』のブルース・リーがよく言っていた武術の極意、人生の哲学です。宮本武蔵の『五輪書』にも通じます。ボブ・ディランの歌と一緒で、友に呼びかけているのが良いですね」

 「この5年間でだいぶわかってきましたけど、先生ってやっぱり変わってますね。来年もよろしくお願いします」

 「こちらこそ。A.N.さんとご家族にもどうぞよろしく。よいお年を迎えて下さい」

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