2025年4月16日(水)

令和のクマ騒動が人間に問うていること

2024年11月21日

寝静まった別荘地
プロの技が光る夜間巡回

 取材班は前日の深夜、ピッキオの「夜間巡回」に同行した。

 夜10時過ぎ、緑色のレンジャーベストをまとい、キャップの上にはヘッドライトをセットした一人の男性が集合場所にやってきた。

 「これがクマチームの正装ですよ」

 こう話し、取材班を温かく迎え入れてくれたのは関良太さん(41歳)。田中さんや大嶋さんと同じクマチームに所属する6人のうちの1人だ。

 関さんは元高校教諭で、アフリカのルワンダ共和国にも青年海外協力隊の一員として派遣された経験を持つ。ピッキオの仕事の魅力に惹かれ、転職を決意し、この世界に飛び込んだ。

 前述のとおり、ピッキオでは軽井沢町内で捕獲した全てのクマの個体識別カルテを作成・管理しているが、一部のクマには発信器やGPSを取り付け、行動監視を行っている。

 夜間巡回では、静まり返った別荘地付近を車でパトロールする。特にクマの活動が盛んな6~10月にかけては毎晩、必ず誰かが現地で対応しているという。「台風や大雨・暴風警報が出ない限り、基本的に毎晩実施しています」と関さんは話す。

 そして、人間の活動が開始する時間帯までにクマの動きや居場所を特定し、人間に危険が及ぶような場所にいれば、ベアドッグを出動させるなどして、山側にクマを戻す〝追い払い〟を行っている。

 夜11時、夜間巡回が始まった。

まるで迷路のような暗い森の中を進んでいく。「地図は全て頭の中に入っています」と話す関さんの頼もしさが印象的だった

 パトロールする車は砂利交じりの山道をガタガタと音を立てながら進んでいく。森の中かと思っていると、突然別荘が見えてきた。

 「これだけ森の中に別荘があるんですから、クマにしてみたら人間との境界なんて分かりませんよね」

 ピッキオでは軽井沢町の市街地と別荘地の際、別荘地と山の際にそれぞれボーダーラインを設定している。当然、市街地にはクマが入らないよう常時管理しているが、市街地の際から山の際までの地域(緩衝地)はクマの生息地から連続した森の中にあるために、時間帯で区切ることで棲み分けを図っているのだ。

 「ここで一旦降りますよ」。関さんが車を止めて外に出た。

 すると、右手で50センチ・メートルほどのアンテナを持ち、左手で受信機を操作し始めた。その直後、強風に揺れる木々と正対した関さんは、受信機から目線をそらさずに、自身の体を左右に揺らしながらアンテナを大きく振り回し始めた。

 「ラジオテレメトリー法」と呼ばれるもので、クマに装着した発信器から受信した電波の情報をもとにその居場所を追跡していく方法だ。具体的には左頁図の通りで、各地点で電波を受信した方位をコンパスで特定・記録し、交点を導き出す。その交点にクマがいる可能性が高いという。

 
 
線が交点を示したとき、クマの居場所が見えてくる(ピッキオの資料を基にウェッジ作成)

 手元の受信機でチャンネルを切り替えながら、複数頭のクマが発信する電波を順に拾っていく関さん。タクシーのように無線を飛ばす物体がアンテナを向けた先にあると、「ザーッ」というノイズの音が跳ね返ってくる。その中に、クマたちが発する「ピッ」という信号音が紛れていないか、耳を澄ませながら体を揺らし続ける。しばらくすると、求めていた音が聞こえてきた。

 「『パイ』がこの方角にいます」

 パイとは、捕獲された個体のニックネームだ。314番目に捕獲されたことから円周率のπ(パイ)と名付けられた。関さんはバインダーに挟んだ地図をヘッドライトで照らし、観測した方位を記録していく。

慣れた手付きで地図上に線を書き残していく関さん

 この地点では10分ほどかけて、現在受信機で管理している全37頭分のクマの電波を聞き分け、うち1頭の電波を拾った。あらかじめ定めている受信ポイントは二十数カ所あり、全ての地点で同じことを繰り返す。極めて地道な作業である。


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