2026年5月23日(土)

つくりびととの談い

2026年5月23日

 打ち込みチームは総勢9人。平均年齢は50歳超。リーダーを務める奥智之さん(45歳)が言う。

 「僕は11年目になりますが、コツをつかむのが難しいですね。打ち込みは、簡単そうで奥が深いんです」

金型が固まりやすくなるよう、床面にはお湯を巡らせて温める。一晩寝かせて翌朝、仕上げを行う

 1日に最大で60枚を打ち込む。俯いた姿勢で、金型を揺すり続ける作業は辛くないだろうか。

 「この仕事は個人プレーなので、僕みたいに協調性のない人間には、性に合っていますね。毎日、黙々とマラソンを走ってる感じです」 

 誰かがノルマの管理をしているのかと思いきや、それはないという。

 「うちは厳しい人がひとりもいないのに、なぜか職場が回っている。潤滑油みたいな人がいるからですよ」

 その〝潤滑油〟こそ、モルタルまみれでミキサーを回している今回のつくりびと、中村幸徳さん(73歳)である。

工場を動かす心臓部・ミキサーの〝番人〟を務める中村幸徳さん。25年間モルタルを練り上げてきた中村さんの下で、社内の雰囲気も柔らかに調和している(写真・大西史晃 以下同)

ミキサーを回しながら
職場も回す大ベテラン

 中村さんが中村建材に入社したのは35年前。ミキサーマンになって25年になる、大ベテランである。

 ミキサーマンの仕事の肝は、モルタルの水分調整にある。雨が降れば砂が含む水分が増えるが、夏場は水分を多めにしないとモルタルがすぐに硬化してしまう。もちろん流量計で水分量を計測しているが、最後に頼りになるのは、人間の目、人間の感覚だ。

 中村さんが言う。

 「大事にしてるのはチームワークやね。ジイさんがいらんこと言うたら喧嘩になるから、なるべくみんながやりやすいように要望を聞きながらやってます。それが一番、会社のためになりますやん」

 頭に浮かぶのは給食の配膳係だ。多め少なめの要望を聴きつつも、不満が出ないように過不足なく分配していく。ミキサーマンの仕事の醍醐味も、そんなところにあるのでは?

 「あんたうまい事言うけど、仕事の喜びとか面白さとか、考えたことないなぁ」

 うむむ。では、長老として職場を回すことにやりがいを感じる?

 「ない。長老とか考えたこともない。うちの会社は上とか下とかないの」

 喜びも面白さもやりがいもない……。小賢しい質問の矢が尽きた。

 「でもな、モルタルを残さずにピシッと使い切れた時は、最高やな。ミキサーをきれいにさらえた時は、気持ちいいなぁ」

 まさに、始末ではないか!

ミキサーの排出口からモルタルを掻き出すスコップ。都度洗うが、微量ずつモルタルが残る

 中村さんは朝6時半に出社して、ぴったり5時に退社する。飲みに行くこともない。ひたすらミキサーを回しながら、モルタルを取りにきた同僚とひと言だけ冗談を交わす。

 「休みにゴロゴロしてると逆に体がだるくなるけど、仕事しとったらシャキッとするから休みはいらん。会社がやめろと言うまで仕事するつもりやけど、週休1日でいいよなぁ」

 争わず、支配もせず、極力無駄を省きながら自力で仕事を続ける。始末とは長期的な経済合理性を実現するための、思想かもしれない。

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Wedge 2026年6月号より
国際秩序、瓦解の危機 日本主導で平和の再構築を
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ある写真集を手元に置き、時折ページをめくりながら、この原稿を書いている。『ヘルソン―ミサイルの降る夜に』(f/8)─。フォトジャーナリスト・佐々木康氏がロシアの侵攻下にあるウクライナへ二度赴き、撮影した作品だ。 佐々木氏は4月下旬、取材で知り合ったウクライナの兵士に「平和とは何か」を尋ねたところ、こう返されたという。「戦争の間の一時的な休息だ」 さらに、兵士はこう語った。「私たちの本性は、人間が絶えず平和に暮らすことを許さなかった。戦争は繰り返し起こる。私たちの世代は、第二次世界大戦後の長い(あるいは短い)平和な時代を生きることができて幸せだった。今、その時代は終わりを迎えようとしている」 誰しも、この言葉を信じたくはない。だが、この世界から戦争をなくすことがいかに困難であるかも分かっている。そうした〝大いなる矛盾〟の中で、私たちは現下の情勢をどう受け止め、どう考えるべきなのか。そして、日本(日本人)は何ができるのか─。


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