経営者が持つべき問いは明快である。「この事業をまだ行っていなかったとして、現在の市場、顧客、技術、収益性を見た上で、いま新たに始めるだろうか」である。答えが「始めない」であるなら、過去の経緯だけを理由に続けるべきではない。
体系的廃棄とは、古いものを無差別に捨てることではない。その事業が今も顧客に価値を届け、会社の目的に貢献し、人材と資金の最良の置き場所となっているかを問い直すことである。
撤退基準は苦しくなる前に決める
撤退が難しくなる最大の理由は、事業が悪化してから判断しようとすることにある。赤字が続き、担当者が疲れ、取引先との関係が複雑になった段階では、ここまで投じた資金を回収したいという思いが強まり、判断に感情や社内政治が入り込む。
だから撤退基準は、できれば事業を始める時点で決めておく。何年以内に、どの程度の売上や利益を目指すのか。どの指標を下回ったら見直すのか。追加投資は、いつまで、いくらまで認めるのか。計画通りに進まなければ、改善、縮小、提携、売却、撤退のどれを検討するのか。先に決めておけば、撤退は担当者の失敗を裁く場ではなく、あらかじめ定めた経営判断になる。
ただし、数字だけで機械的に決めればよいわけではない。問うべきは四つある。その事業が今も顧客に必要とされているか。改善に必要な時間と資金が明確か。続けることで失う別の機会は何か。事業への愛着と顧客への責任を混同していないか。売上が低いのは伝え方や提供方法の問題なのか、それとも需要そのものが失われたのかも見極めなければならない。
撤退は、必ずしも廃業や閉鎖を意味しない。自社では十分に価値を生み出せなくても、他社の技術や販売網のもとなら成長できる事業もある。
経営者が守るべきものは、特定の事業の形ではない。顧客に届ける価値と、社員が働き続けられる会社の未来である。
やめる決断が会社の未来を増やす
撤退には、負ける、逃げる、諦める、責任を放棄するという後ろ向きな響きがある。だが、本当の撤退はその逆である。現実を直視し、過去への執着を断ち、残された資源を未来へ移す。社員や取引先への影響を引き受け、会社全体を守る道を選ぶ。そこには、事業を始める時とは異なる勇気が必要になる。
事業を始める時、経営者は可能性を語ればよい。やめる時には、なぜ続けられないのか、何を守るためにやめるのか、社員をどこへ導くのかを説明しなければならない。だから撤退は、経営者の思想が最も表れる決断である。
撤退の判断で最も重要なのは、過去にいくら投じたかではなく、これから何を生み出せるかを基準にすることである。未来を選ぶ判断こそ経営である。
倒産する会社と撤退できる会社の違いは、赤字事業を持っているかどうかではない。まだ選択肢があるうちに見直せるかどうかである。
良品計画は、事業や在庫を整理して無印良品の価値を再構築した。日本マクドナルドは、戦略的閉店と店舗投資を同時に進め、資源を顧客価値の向上へ振り向けた。両社に共通するのは、撤退を終わりにしなかったことだ。撤退の後に何を始めるのかが明確だった。
経営者の仕事は、すべての事業を永遠に続けることではない。役割を終えたものから資源を解放し、より価値を生む場所へ移すことである。
続けることには忍耐がいる。やめることには決断がいる。会社を守るのは、最後まで耐え続ける経営者とは限らない。まだ選べるうちに、未来を選び直せる経営者なのである。
守るべき未来を選び直すことである
会社を強くするのは、続ける勇気だけではない
まだ選べるうちに、やめる勇気を持つことである
