2024年12月4日(水)

エネルギー問題を考える

2014年11月26日

【本記事の要約】
IPCC第5次評価統合報告書(11月1日発表)は、4月迄に発表された第1~3部会の報告書を短く再編集したものである。
従って、新規の知見は無い。有用な情報は多いが、その一方で、既存報告書にあった問題点を引き継いで、尖鋭化させてしまっている。

 IPCCの第5次評価統合報告書(11月1日発表、文末注)の問題点について、最もよく参照される政策決定者向けへの要約(Summary for Policy Makers; SPM、以下、単に「要約」)を中心に指摘する。

1.悪影響を誇張している

 これはもともとの第2部会報告の問題点を、そのまま引き継いでいる。漁獲量への環境影響について、「確信度が低い」(=科学的不確実性が大きい)と本文にはっきり書いてあるのだが、何とそのことに触れずに(!)要約に図を掲載している(図1上)。穀物の収量について、将来の温度上昇シナリオをすべて混ぜあわせた上に、論文の件数を数えて、悪影響の方が好影響より大きいなどと結論している。これでは科学とは言えない(図1下)(第2部会報告の環境影響評価の問 題点について、詳しくはこちら)。

 

図1 Fig.SPM.9
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2.2度目標へ誘導している

 IPCCは、本来、政策提言を禁じられている。だが統合報告書では、無数にあるシナリオのうち、2度目標を66%の確率で達成する「2度シナリオ」と、今後温暖化対策をしない「なりゆきシナリオ」を対比して、「なりゆき」ではだめだから、2度にしなければならない、と誘導している(=はっきりとは書いてはいないが、そう思わせる書きぶりになっている)。

 まず、「なりゆき」については、

現行を上回る追加的な緩和努力がないと、たとえ適応があったとしても、21 世紀末までの温暖化は、深刻で広範にわたる不可逆的な世界規模の影響に至るリスクが、高いレベルから非常に高いレベルに達するだろう(高い確信度)
                                                                        (要約より)

などとしている。気持ちは分からないでもない。筆者も何となく避けた方がよいとは思う。だがこの「専門家判断」について、科学的な根拠は示されていない。「なりゆき」の場合は4度以上の温度上昇になるが、その場合にどのような悪影響があるのか、研究が乏しいからだ。「リスクが、高いレベルから非常に高いレベルに達する」というのも意味がよく分からないが、なぜ高い確信度などと言えるのかは、もっと理解できない。

 そして、このなりゆきと対置するものとして、2度シナリオを繰り返し提示している。例えば、

工業化以前と比べた温暖化を2℃未満に抑制する可能性が高い緩和経路は複数ある。これらの経路の場合には、CO2及びその他の長寿命温室効果ガスについて、今後数十年間にわたり大幅に排出を削減し、世紀末までに排出をほぼゼロにすることを要するであろう…
                                                                       (要約より)

このなりゆきと2度は両極端で、その間こそが現実問題として知りたいところだが、それは付け足し程度にしか言及されていない。

3.2度シナリオの難しさを軽視している

 2度シナリオは、バイオエネルギーとCCSを世界全体に普及させて、世界のCO2排出をマイナス(!)にするという、荒唐無稽なシナリオである。第3部会報告でも、この難しさが軽視されていたのは問題だったが、統合報告書もこれを引き継いでしまった。

 2度シナリオでも経済損失は少なくて済むという趣旨のFigure SPM.13(図2)が新たに作成されたが、これは、飛躍的な技術進歩(世界中でのバイオマスとCCS普及)のみならず、理想的な世界政治という、ほぼありえない前提に基づくものに過ぎない。理想的な前提を少し現実に近づけるだけで、2度目標は実施不可能となり、コストでいえば無限大となる。だが、この図はそういった、最も肝心なことから注意を逸らしてしまう(第3部会報告の2度シナリオの問題点 について、詳しくはこちら)。

 

図2 Fig.SPM.13
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4.2度シナリオの罪

 なりゆきシナリオと2度シナリオは、両極端である。現実的な落としどころとしては、いきなり2度を目指すのではなく、一定の対策を打ちつつ、技術革新を進め、長期的にリスクを管理していくということになろう。だが残念ながら、今回の統合報告書は、そのようなシナリオではなく、もっぱら2度シナリオを提示した。この実現不可能なシナリオを真に受けると、国際交渉は暗礁に乗り上げ、国内の政策論でも混乱を招くだけで、問題の解決は遠ざかる。筆者はこれを危惧している。

 本当は、我々が知るべきは、もっと現実的なことだ。例えば、2度ではなく、もっとありそうな3度、4度であればどうなるか、といったことだ。だが統合報告書は、環境影響については、科学として間違うか、あるいは「専門的判断」で「リスクが増す」と繰り返し、結局、どの程度の影響なのかさっぱり分からない。環境影響については「2度、3度、4度でどの程度の影響の差があるのかは分からない」とはっきり言うべきだった。排出削減策については、シナリオは「荒唐無稽」と認めて、もっと現実的な検討をすべきだった。

(注)IPCC第5次評価統合報告書の原文はこちら
「要約」 http://www.ipcc.ch/pdf/assessment-report/ar5/syr/SYR_AR5_SPM.pdf
「本文」 http://www.ipcc.ch/pdf/assessment-report/ar5/syr/SYR_AR5_LONGERREPORT.pdf
「日本語版要約概要」 http://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_outline.pdf

※本記事は、国際環境経済研究所(IEEI)のご厚意により、同研究所ウェブサイト掲載の記事を転載させていただいたものです(元記事はこちら)。

  
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