2024年12月19日(木)

オトナの教養 週末の一冊

2015年7月30日

ゲノム解読競争のもうひとつの面

 訳者の野中氏の別の仕事に、クレイグ・ベンターの『ヒトゲノムを解読した男』がある。本書と同じくゲノム解読がテーマの自叙伝であり、両者の違いは、解読の対象がヒトゲノムか、ネアンデルタール人のゲノムかということである。

『ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝』(化学同人) J・クレイグ・ベンダー(著)、野中香方子(翻訳)

 「同じ時代に最先端のゲノム解読技術を次々に取り入れながら、目標を達成」したそれぞれの人と仕事を比べてみるのも、面白いかもしれない。

 『ヒトゲノム・・・・・・』を読んだ私としては、本書を読んだことで、衝撃的な新技術の力がブルドーザーのように分子生物学と分子古生物学の両方を前へ前へと推し進めたようすが、よりリアルに感じとれた。

 また、古代の動物のDNA研究の分野をペーボらが地道に切り拓いたことで、90年代半ばまでに古代DNA研究は「いくぶん安定し、何が可能で何が不可能かについてコンセンサスができあがりつつあった」。

 「DNA配列は、形態よりも強力に進化の系統を解き明かせる」ことがわかり、動物学分野が収蔵していた標本でDNA抽出が試みられるようになった。

 一方、「法医学者は、何年も前に収集した証拠から抽出・増幅したDNAを分析できるようになった。おかげで冤罪で収監されていた人々の有罪判決は覆され、また、遺物に残されたDNAから被害者や犯人を特定できるようになった」。

 地道な研究からもたらされた、競争以外の別の果実も、想像をはるかに超えて大きく、価値のあるものだったのだ。こうした果実を得て、著者は語る。

 <ミュンヘンにいた頃のわたしは、他の研究者たちが『サイエンス』や『ネイチャー』に数百万年前のものだと称して何のものだかわからない配列を続々と発表するのを口惜しく眺めながら、混入や他の技術面の問題と格闘しつづけたが、その数年に及ぶ苦労は十分、報われた。かつての落胆は、深い満足へと変わっていた。>

  
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