フォードは確かにメキシコ新工場建設を中止したが、だからといって小型乗用車フォーカスの生産が米国に残るわけではない。メキシコにある既存工場の余剰生産能力の中に投入されるのだ。つまり、フォードにとっては競争の激しい小型乗用車のセグメントで、いまひとつ販売が奮わないこのモデルをわざわざ新工場まで建てて、つくらなくても済むのである。ミシガン州工場への投資や新モデルの投入など、昨日今日に決まった話ではない。
GMのクルーズだって販売の大半を占める4ドア・セダン・モデルは、オハイオ州工場でつくっていて、メキシコから輸入しているのは販売台数の少ないハッチバック・モデルだから、GMが米国で行うと発表した投資内容とは全く無関係だし、こちらも新大統領に言われたからはいはいと決めたものではない。
トヨタのカローラにいたっては、移管するのはカナダからであってアメリカからではないし、カナダだって、じゃあカローラを返すから、その代わりにもっとたくさん売れているクロスオーバーをカローラの後に生産する予定だったけど、それはどこか他へ持っていくと言われたら困るだろう。でも米国でたくさん投資すると言ってもらえたからそれで良いのだ。
むしろ本当に困っているのは、利幅の大きいクロスオーバー、SUVそしてピックアップだけを米国で生産して人気の低い乗用車を生産停止すると決めていたフィアット・クライスラーで、トランプ「嘘つき」大統領が国境税にするのか、NAFTAの他の内容を再交渉するのか、早く決めてくれないと乗用車生産の将来計画が立てられないだろう。
産業が育つには時間がかかる
自動車工場や自動車部品を生産する工場、そして部品や完成車を運ぶための道路や鉄道、港湾とトラックや貨車などの輸送インフラは長い年月をかけて築き、長い年月それを利用するものだ。そこには巨額の資金が投入され多くの雇用が生み出されて、その地域とその国を豊かにする力がある。そこに産業が育っていく時間と比べれば、一人の「嘘つき」大統領の任期などインフルエンザにかかる時間のようなものだ。
確かに経済のグローバル化は世界のあちこちに格差社会を生み出してきた。だがそれはグローバル化する自由主義経済が格差を生み出すことを許しているからだ。国境に壁を造ることでその格差はなくならない。自動車産業は「嘘つき」大統領の恫喝に屈してメキシコ進出を躊躇するのではなく、大統領任期が終わる4年後、8年後(にならないことを祈る)のその先に続く世界の市場に目を据えて、今日は荒れている海へ乗り出すべきだ。米国のメディアだって少なくとも「嘘つき」大統領とその取り巻きの脅しには屈しないと決心しているようなのだから。
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