米国の碩学ジョセフ・ナイが、5月9日付けでProject Syndicateに掲載された論説において、リベラリズムは、中国、ロシア等権威主義諸国の台頭で脅かされているが、意を同じくする諸国と共に頑張れば大丈夫である、と述べている。論説の要旨は以下の通りである。
1948年の「世界人権宣言」が述べているようなリベラルな国際秩序に死を宣告する者がこの頃多い。ロシアと中国という2大強国(注:ロシアのGDPは韓国以下であるが)がリベラリズムに反対している現在、リベラリズムを維持することはできないと言うのである。5年もすれば、「自由でない」諸国のGDP合計は、西側のリベラル民主主義諸国のGDP合計を上回るだろうと、彼らは言う。
しかし、それは購買力平価でGDPを測った場合の話しであろう。実際には米国のGDP20兆ドルに対して中国は12兆ドル、ロシアは2.5兆ドルしかない。しかも、中ロはその性質、国益を大いに異にし、これを「権威主義枢軸」と一括りにとらえるのは適当でない。
ロシアの海外宣伝工作能力の脅威がこの頃喧伝されているが、ロシアのメディアは外国にさしたる影響を与えていない。ロシアはソフト・パワーも欠く。中国はその資力をソフト・パワーとして使い、巨大な国内市場へのアクセスを調節することで、諸国を従えている。
しかし、中国の力を過大視するべきでない。米国は民主的な日本、豪州との同盟を維持し、インドとの関係を促進すれば、アジアでの立場を維持することができる。軍事バランスで中国は米国にはるかに劣り、今後の人口構成(注:中国で老年人口が増える反対に、米国は若年人口が多い)、科学技術、世界通貨体制、エネルギー自給度等で、米国は中国よりはるかに優位である。しかも、習近平の力がいつまで続くかわからない。
従って、環境問題や国際金融問題について中国との協力を続けることで、現在の世界秩序のいく分かを維持していくことはできるだろう。問題は、リベラリズムをどうやって維持するかということだ。米国政府はEU等、立場を同じにする国々と、「人権問題委員会」のようなもの、例えば世界の主要な民主主義国を集めたG10を形成し、非民主主義の中国、ロシア、サウジを含むG20 の枠内で、経済に焦点を当てながら価値観の問題を話し合っていくことができよう。
Samuel Huntington教授の言う民主主義の「第三の波」(注:民主化の反動としての権威主義台頭)がリベラルな民主主義に及ぼす脅威には留意するべきだが、それが人権を見限る理由にはならない。
出典:Joseph S. Nye,‘Human Rights and the Fate of the Liberal Order’
https://www.project-syndicate.org/commentary/human-rights-liberal-order-by-joseph-s--nye-2018-05