ただ、世の中はそんなに甘くなかった。パーソナルスタイリストとして、企業の社長やプレゼンテーションなどで人前に出る人たちの衣服などをトータルコーディネイトする仕事を個人で始めた。しかし、事業を始めて1年ほど経つものの、受けた依頼はまだ一つもない。税関職員をしていた時から、毎月ファッション雑誌を多数購読し、アパレル店舗に多数足を運んで店員とコミュニケーションを取り知識を蓄えていたのにも関わらず、だ。
「営業や集客といった、専門知識だけではない力が必要なのだと、(税関職員を)辞めてから気が付いた」とT氏は声を落とす。自ら事業を興すという場合には、スタイリストとしての知識だけでなく、その能力をアピールするプレゼンテーションやそうした業務を求める人にたどり着くための人脈を構築しなければならない。公務員として専門的な仕事に従事していたT氏はこうした力を得る機会は少なく、学ばなければならないという意識を持つ状況にもなかなか直面しなかった。「新しい仕事をやろうと、辞めることに精一杯で食べていくことに頭がまわらなかった。実際に事業を始めてから厳しいことに気が付いた」と話す。
異業種の知識「まったく頭に入ってこない」
T氏は必要性を感じ、営業スキルやコミュニケーションの力といったビジネスセミナーを受講するが、「これまでと全く違う世界なので、まったく頭に入ってこない。実践しようにもどうしたら良いのかさえもつかめない」と、異業種への転換でゼロから新たな力を得ることの難しさを痛感する。公務員では副業もできず、外の世界と接するのが少なかったのも影響しているという。
現在は、パーソナルスタイリストとして事業を成功させている人に弟子入りして、必要なスキルを学んでいる。生活費を賄うため、ハローワークにも通う。税関職員として働いていた時に取った行政書士の資格を持っているが、「これまでの仕事と変わらなくなってしまう。そこに戻っても苦しい」と複雑な心境を語る。
一つの力があるからといって、転職や起業といった新天地で活躍できるわけではない。「第二の人生」には、どのような能力が必要で、今の自分には何が足りないのか、しっかり見極める必要があるようだ。
■漂流する部長課長 働きたいシニア、手放したい企業
PART 1 培ったスキルを生かし新天地で輝くシニアたち
PART 2 シニアにもう一花咲かせる人事戦略が企業を変革する
PART 3 60歳以上の戦力化を図り新・日本型雇用の創造を
PART 4 シニアを不幸にする企業頼みの社会保障改革
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