ワクチンは、対策の決め手となるか
対策の決め手として今、浮上しているのが豚へのワクチン接種です。現在、イノシシにはワクチンが投与されていますが、豚には接種されていません。ワクチンを接種すれば豚に免疫ができ、もしウイルスが体内に入っても増殖せず、症状も出ません。
農家は、豚を殺処分せずに済み、ほかの病気をワクチンで予防するのと同じように対処し、出荷できます。ワクチンを接種していても食肉としての安全性にはまったく影響はありません。豚では、オーエスキー病などさまざまな感染症でワクチンが用いられています。
多くの農家は20年ほど前まで、豚コレラワクチンを普通に接種していた経験がありますので、今回の流行に際しても「早くワクチンを」という声が当初からありました。
伊藤さんは、日本養豚開業獣医師協会(JASV)の幹部でもあります。拡大豚コレラ疫学調査チームは、メンバーのほとんどが大学や研究機関の研究者、農水省や県の職員で占められ、実際の養豚現場をよく知る開業獣医師のメンバーは、JASVの伊藤さんただ一人です。
養豚農場の苦しい取り組みをよく知るJASVも実は、早くから農水省へ「ワクチンを飼養豚へ接種してほしい」と要請していました。
ワクチン接種のデメリット
が、ワクチンを管理する農水省は、イノシシには投与しても豚への接種は簡単には「うん」とは言いません。なぜか?
農水省は発症や流行拡大が抑えられるメリットの一方で、デメリットがある、と言い続けています。ワクチンを接種した豚とウイルスに感染した豚を区別できないという科学的な問題もありますが、重要なのは、豚へのワクチン接種が、OIEの「非清浄国」認定につながる可能性があることです。現在、ユーラシア大陸とアフリカのかなりの割合は非清浄国。日本は海を隔てて長い年月、防御に努めてきましたが、ついに侵入を許してしまい、豚コレラが発生していることで、OIEの「清浄国」認定は停止されています。
流行を食い止め、最終発生から3カ月が経過すれば、清浄国に戻れます。野生イノシシにワクチンを接種していても、イノシシと豚がきちんと分けられていれば、清浄国認定の支障とはなりません。日本は現在、このような復帰を目指しているのですが、発生を止められない状態です。発生から2年以内に止められなければ、非清浄国と位置づけられます。
OIEのルールでは、ワクチンを豚に接種し始めると、豚コレラ最終発生とワクチン接種中止から12カ月経過しないと、OIEへ清浄国として再申請できず、認められるまでに時間もかかります。豚に接種しない場合に比べ、解決までの期間が長引きます。
清浄国認定は、豚肉の輸出入に大きく関わっています。国産豚肉のごく一部は、ブランド肉として輸出もされています。清浄国から外れることで、ブランドに傷が付くのではないか? 現在は、他の非清浄国からの豚肉輸入を拒否できているけれど、輸入解禁へ向け圧力が強まるのではないか? 不安は大きいのです。
ゾーニングによるワクチン接種を農水省は模索?
ただし、JASVによれば、国のエリアを分け、ウイルスがおらずワクチン接種もしない地域は清浄ゾーン、ワクチン接種地域は非清浄ゾーン、というふうに区別して認定してもらえる可能性があります。
たとえば、発生している複数県を中心とする地域をワクチン接種エリアとし、それ以外の地域、海を隔てた九州等もワクチンを接種しない清浄ゾーンとして認められればよいのです。非清浄ゾーンの豚や豚肉、加工製品等は清浄ゾーンへは入れない管理が求められますが、少なくとも鹿児島産の黒豚の輸出などへの影響は免れるかもしれません。
JASVは早くから、こうしたゾーニングを行い期間限定で飼養豚にワクチンを接種するべきだ、と提唱してきました。岐阜県養豚協会や愛知県の養豚農家有志らもワクチン接種を求めています。農水省も、6月段階ではワクチンに否定的でしたが、現在はゾーニングの可能性を検討するため、感染県や周辺県の状況も調べ各県と協議中です。
9月2,3日に養豚団地全体で再開した鈴木さんにも、ワクチン接種について尋ねてみました。伊藤さんにも相談し、多くの関係者の支援も受けて再開にこぎ着け、感謝しながら万全の対策を施すつもりだという鈴木さんです。でも、愛知県ではまだ、農場感染が続いており、不安は消えません。
鈴木さんは今も殺処分が脳裏から消えず、「あの時、ワクチン接種を済ませていれば、豚を助けることができたのに」と思うそうです。「何より豚さんが大好きだから、父の後を継いだ」という鈴木さんは、今後、同じように苦しむ農家を出さないためにも、豚を無益な死に追いやらないためにも、「今は、豚にもワクチン接種をするしかない」と考えています。