副省級市には武漢市以外にも、ハルビン市、長春市、瀋陽市、大連市、済南市、青島市、南京市、杭州市、寧波市、厦門市、西安市、成都市、広州市、深圳市がある。武漢市は湖北省の管轄下にあるものの、副省級市として経済、財政、法制の面で省級に準じた権限を与えられているため、従来から湖北省と武漢市の間では実際の権限の運用や管轄権をめぐって摩擦が絶えなかった。
ここで問題なのは、各行政部門は同級政府の一組織であるとともに、上級(地級市であれば省級の)行政部門の指導下にもあるため、責任の所在があいまいになりがちなことである。こうしたことから新型肺炎への対応をめぐって、湖北省の管轄下にある武漢市と中央の間で当初情報伝達が円滑に行われにくかったことや、武漢市政府指導部と中央の公衆衛生部門の連携がとりづらかったことが推察される。
監視体制を強めたことが
地方政府の脆弱性を高めた
このように、中国共産党による地方に対する統制は制度上強固にみえる一方で、実際には中央と地方の間の情報伝達や連携を阻む構造的問題も内包している。
このような問題を克服するために、胡錦涛政権期から中国共産党内では、中央から地方に対する監視体制の拡充が進んできた。2009年からは、中央と省級の指導幹部の不正に関する捜査を主たる目的として、巡視制度を整備し、党中央に中央巡視組が5つ設立された。中央巡視組は、習近平政権下でさらに15にまで増強され、対象を主たる企業、大学、社会団体の指導幹部にまで拡大し、例年、春と秋に各地へ派遣されている。
また近年では、中央から県級に至るまで監察委員会が設けられることによって監視体制が強化されるとともに、各地方政府による政務公開も習近平政権のイニシアチブの下で推進されてきた。
反腐敗闘争の推進や監視体制強化によって、中国共産党による統治体制は盤石になったとみられていた。しかし、この度の新型肺炎をめぐる諸問題によって、それらの試みが、必ずしも奏功していないことが明るみになった。
そこには、そもそもこのような取り組みでは解決しきれない共産党一党支配体制が抱えるジレンマが透けてみえる。
例えば、各地方幹部が昇進していくには、党中央をはじめとする上級党委員会から高い評価を得る必要がある。そのため地方幹部には、任期中に短期間で業績を示すことができる近視眼的な施策に傾注するインセンティブが働く。また、彼らは中国共産党という閉鎖的な組織における出世競争の中で生き残っていかなければならないがゆえに、不祥事によってキャリアに傷がつくことを極度に恐れ、事なかれ主義や責任逃れに陥りがちになる。