2023年2月8日(水)

中国 覇権への躓き

2020年3月30日

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磯部 靖 (いそべ・やすし)

慶應義塾大学法学部教授

1968年東京都生まれ。92年慶應義塾大学文学部卒。98年慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学・博士(法学)。慶應義塾大学法学部准教授などを経て現職。専門は現代中国政治。主要著書に『現代中国の中央・地方関係―広東省における地方分権と省指導者』(慶應義塾大学出版会、2008年)、『中国 統治のジレンマ―中央・地方関係の変容と未完の再集権』(同、2019年)など
 

 こうした背景のもと、武漢市や湖北省の幹部たちが、当初新型肺炎の発生を矮小化して中央に報告することにより問題の深刻さを隠蔽し、事が大きくならないうちにもみ消してしまおうとしたものの、結果として手に負えなくなってしまったのではないか、という推察ができる。実際、昨年12月30日に、新型肺炎の問題をいち早く指摘した李文亮医師が、今年1月初めに「社会の秩序を著しく乱す虚偽の発言をした」などとして武漢市公安当局から口止めされたことが報道されている。

 こうした事なかれ主義や隠蔽体質が、「虎もハエも叩く」との鳴り物入りで展開された反腐敗闘争の副作用としてますます強まっていたことも、新型肺炎問題拡大の伏線としてあったと考えられる。

新型肺炎、香港デモで
更迭された地方政府幹部

 実際のところ、地方政府には中央に「指示伺い」を行い、認可を受けなければ実行できない事項も少なからずある。習近平政権下での反腐敗闘争以降、地方当局者による「指示待ち」の姿勢は、地位保全の観点からいっそう強まっていると思われる。それゆえ、新型肺炎についての初動対応の遅れを質された周先旺・武漢市市長が中国国営中央テレビのインタビューで「中央からの許可がない段階で公表はできなかった」と発言したことは、中国の地方指導者としてのきわめて正直な心情吐露であったといえる。

 こうした構図は、「逃亡犯条例」改正の強行を試みたことによる香港における反政府デモの長期化にもあったと推察される。駐香港特別行政区連絡弁公室のような中央政府の出先機関の幹部が、香港情勢について、中央指導部の歓心を買うような楽観的見通しを進言し続けた。そして、「逃亡犯条例」改正という業績を上げることによって栄転を狙ったことで、反政府デモの拡大および長期化を招いてしまったのではなかろうか。

 習近平国家主席や李克強首相ら中央の指導者には、日々各地方からおびただしい数の「指示伺い」が上がってくる。しかしながら、時間的、物理的制約から、彼らが直接目を通して決裁できるものは、ほんのわずかにすぎない。しかも膨大な数にのぼる「指示伺い」のいずれが緊急対応を要する重大事項であるかを判断するのは至難の業である。そのため、当面の対応は地方当局に委ねざるを得ない。


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