記録と記憶を残す陸上トラック
そんなスタジアムという〝すり鉢〟の底に広がる陸上トラックにもユニークな試みが施されている。
一周400メートルのレンガ色の〝絨毯(じゅうたん)〟は競技性を第一に考えられたゴム製の全天候型。バルセロナ大会から8大会連続で採用されるイタリアのMONDO社製だ。
前回の東京五輪(1969年)が行われた旧国立競技場のトラックは煉瓦を焼いた「アンツーカー」で、透水性に優れスパイクのかかりも良く、当時の主流だった。4年後のメキシコ五輪では強靱さも備えたウレタン素材の「タータントラック」が登場し、記録が飛躍的に伸びた。ただ、雨が降ると滑った。
基本的に陸上トラックの特性は、硬い方が地面に与えた力をそのまま生かし記録を出せるが、筋肉に直接負担がかかり故障に繋がりかねない。柔らか過ぎると衝撃を吸収して推進力は弱くなる。五輪の歴史の一つでもあったトラックは今、MONDO社製の“ゴム”の独り舞台となった。
「MONDO社のゴムは裏面を、六角形を重ねたハニカム形状にして空気層を作り、衝撃を吸収するとともに反発力を強め推進力を生む」
MONDO社の日本の総代理店を務めるクリヤマの西田昌弘取締役はこう語る。そもそもバルセロナ以降、8大会連続で五輪で採用されているトラックである。世界陸連が公認する過去270回以上の世界記録のうち70%以上が同社製で生まれている。日本では鳥取国体(1985年)で初採用され、選手から「走りやすい」と好記録も生まれ、以降、国内でも席巻しているのだ。
新国立競技場への導入に際してクリヤマは、紫外線によるゴムの劣化を防ぐ「耐候性」という改良への共同開発に名乗りを上げた。同社が持つ30種類以上のゴム配合レシピをMONDO社に提案し、試行錯誤の上、生まれたのが新国立競技場に収まった。ゴムの劣化を呼ぶ紫外線に強いトラックだ。
記録と記憶とともに生き続ける陸上トラックができあがったのだ。
災禍に打ち勝ち、厳しい予選を勝ち抜いたアスリートたちを迎え、ここ新国立競技場が感動の坩堝(るつぼ)と化す日が待ち遠しい。
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