Wedge REPORT

2020年6月18日

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伊藤公一朗 (いとう・こういちろう)

シカゴ大学公共政策大学院准教授

シカゴ大学公共政策大学院准教授。京都大学経済学部卒、カリフォルニア大学バークレー校博士。ボストン大学助教授等を経て、2015年より現職。専門は環境エネルギー経済学、産業組織論、応用計量経済学。著書に「データ分析の力」(光文社)など。

価格変動導入による
節電効果が明らかに

 では、価格変動によって我々の行動はどのような影響を受けるのだろうか。経済産業省と電力会社の協力を得て、電力価格の変動による節電効果を検証した筆者の研究を紹介したい。2012年夏季(7月~9月)に実施したフィールド実験では北九州市東田地区のマンション住民180世帯を対象とした。

 実験では180世帯をランダム(無作為)に、価格変動を受けるグループ(112世帯)と固定価格(デフォルト料金)のグループ(68世帯)に分けた。また、全世帯に対し、スマートメーター(各家庭の30分ごとの電力消費量を記録できる装置)と、現在の電力価格や消費電力量が確認できる室内画面を設置した。

 価格変動を受けるグループには、前日夕方の天気予報で最高気温が30℃を超える場合、ピーク時間帯(13~17時)に価格を上昇させる旨のメッセージを室内画面に表示させた。期間終了後、固定価格である1kWhあたり23円のグループと、価格を上昇させたグループを比較したところ、価格の上昇に応じて電力消費量が抑制される傾向がみられた。固定価格のグループと比較した節電効果は、変動価格が50円の場合は8.9%、75円の場合は12.7%、100円の場合は13.2%、150円の場合は14.6%だった。

 日本の電力会社は、これまでも季節ごとや時間帯のブロックごとに異なる料金水準を設定していたが、時間帯では日中(7時~23時)と夜間(23時~翌日7時)の2パターン、また料金もあらかじめ固定されているなど、ダイナミックプライシングの中では初歩的な仕組みといえる。

 従来は大多数の家庭の電気メーターが月単位で計量するアナログ式であったり、価格等の情報を消費者へ提供する手段が限られていたりしたが、近年の技術革新により家庭の電気メーターはデジタル式スマートメーターに順次交換され、時々刻々電気の消費量を計量し、電力会社と双方向の通信が行われるようになり始めた。家庭内の電力消費をリアルタイムに把握して家電の効率的なエネルギー管理ができるようになれば、家庭での電力使用にキメ細かいダイナミックプライシングを適用できる可能性が高まる。

需給で価格が決まる
電力卸売市場

 電力は基本的に作り貯めができず、電力会社は消費量(需要)に合わせて発電量(供給)を小刻みに調節することで、絶えずバランスを取っている。

 時間や季節に応じて大きく変動する電力消費量に対応するため、現在でも国内では電力消費のピーク時(夏の平日昼間時間帯)にだけ稼働する老朽化した発電所が存在するなど、非効率な発電を行っている。ダイナミックプライシングの導入により電力消費のピークカットやピークでない時間帯へのシフトを促すことで、電力予備率の向上や不要な発電所を減らすことにもつながる。

 「電力自由化」に伴い、日本の電力市場にも需給に応じた価格変動の仕組みが導入されている。日本で唯一の卸電力取引所であるJEPXでは、日ごとの電力需要量と供給量に応じて価格が細分化されている。前日の卸売取引の場で、売り手である発電事業者と買い手である小売事業者がそれぞれ希望価格を提示し、双方の同意が得られた価格にて売買が成立するのだ。取引される時間帯は30分ごとに区切られるため、時間帯ごとの需要と供給に応じた48の価格が決定する。

 日本の電力量の約3割がこのような仕組みで取引されているが、卸売価格が需給に応じて変動する一方で、最終的な小売価格は固定されている場合が多い。ダイナミックプライシングの真の効果を生み出すには、前述の実証実験で示したように、小売価格も卸売市場の価格に反映させる必要がある。日ごと時間別の需給に応じた細かなプライシングにより、効率的な電力運用を促すことができるのだ。日本では実証実験の他に選択約款としてこういった料金が用意されているが、導入率は依然として低い。

 一方、例えば米国のカリフォルニア州では企業や商業施設など、ビジネス利用の小売電力価格のほとんどは卸売取引市場価格を反映する形になっている。さらに、一般家庭に対しても、ダイナミックプライシングの導入が進んでいる。

低所得者へ配慮する
米国の電力会社

 高速道路や電力の事例にみられるように、公共インフラにおいて需給に応じた価格変動により、社会的合理性が保たれ、総じて生活者のベネフィットが大きくなることは間違いない。一方で、価格的差異が生まれることで〝弱者〟に回ってしまう人たちをいかに救うか、といった課題も同時に考えなければならない。

 冒頭の高速道路の事例でいえば、金銭的余裕のある人は混雑時でもエクスプレスレーンを利用して早く目的地に移動できる一方、同レーンが空いている状況を生み出すことで、その他の無料レーンの混雑が増す、といったしわ寄せが起こる可能性もある。そういった副作用にも目を向けながら、価格の変動幅や導入区間などについて考慮しなければならない。

 従来の経済学では「効率性の向上」が重視されてきたが、最近の経済学研究や公共政策では効率性の向上と共に「公平性の確保」についても模索がされている。そういった例の一つに、「ミーンズ・テスト(資力調査)」と呼ばれる政策手法がある。例えば、世帯所得が一定以下の世帯には特別な低料金を設けるというような政策だ。

 カリフォルニア州の電力会社は電気料金に価格変動制を導入する一方で、低所得者限定の料金プランを用意している。世帯収入がある一定の金額以下であることが証明できれば、電気料金について約30%の割引を受けることができる。この料金プランの適用を受けているのは全世帯のうち、約2割だ。このように、ダイナミックプライシングによって社会全体のコストを下げることで生まれた余剰の一部を弱者に還元する仕組みづくりが必要だ。

(2020年2月13日時点執筆)

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■「AI値付け」の罠  ダイナミックプライシング最前線
Part 1  需給に応じて価格を変動 AIは顧客心理を読み解けるか
Part 2      価格のバロメーター機能を損なえば市場経済の「自殺行為」になりかねない
Column   ビッグデータ大国の中国で企業が価格変動に過敏な理由
Part 3    「泥沼化する価格競争から抜け出す 「高くても売れる」ブランド戦略
Part 4     データに基づく価格変動が社会の非効率を解消する

  
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◆Wedge2020年3月号より

 
 

 

 

 

 


 

 

 

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